長崎県島原市にそびえ立つ島原城

島原城は1618(元和4)年から数年の歳月をかけ「松倉重政」(悪政を行なった領主)によって築かれた城です。
安土桃山様式を取り入れた壮麗な城でしたが明治維新に取り壊されてしまいました。

石垣と掘は当時のまま残っていて、そこに昭和の時代になって築かれたのが現在の城です。

城 (5)
青い空に白い天守閣がよく映える城


館内は資料館になっていて、島原といえば「島原の乱」を代表するように「キリシタン史料」をはじめとして「郷土史料」や「民俗史料」が展示されています。

そびえ立つ35mの高さがある五層の白色総塗込みの天守閣は圧巻です。

城 (4)


美しい石垣は400年前の姿をそのまま残していて、城を囲う堀には蓮がびっしり。

城 (1)


島原を代表する建物ですよね。
400年前の築城当時、この素晴らしい城を築くのに数多くの人夫が動員されました。
松倉重政はたかだか4万3千石の大名なのに10万石の城に匹敵する分不相応な城を築いたのです。
そのため領民から高い年貢を取り立て、さらに幕府への忠誠を示すため、禄高に見合わない規模の江戸城改築を請け負い、それらの費用を捻出するためにさらに過酷な搾取を領民からおこなったのです。

そして、松倉重政の行なったもうひとつの特筆すべきことは惨いキリシタンへの弾圧。
雲仙地獄での拷問や、処刑、キリシタンには顔に「吉利支丹」という文字の焼き印をするなど、とんでもない領主でした。

松倉重政は57歳で急死するのですが、あまりの悪政を見かねた幕府による毒殺説や、罪のないキリシタンたちを責め殺したために狂死したなどの噂があります。
そんな彼が築いた城、領民の苦しみがどれほどのものだったかを感じながらこの美しい島原城を見学してみてはいかがでしょうか。
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