霧島神宮古宮址

高千穂河原に鳥居があります。
それは、霧島神宮古宮址への入り口なのです。

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ここ高千穂河原は文歴元年(1234年)まで霧島神宮があった場所です
社殿などは1234年の高千穂峰の隣にある「御鉢」と呼ばれる火山の爆発で焼失してしまいました。
社殿などはなくなっていますが、そこは天孫降臨神籬(ひもろぎ)斎場として毎年11月10日に天孫降臨御神火祭が高千穂峰の頂上と斎場で行われます。

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斎場へは高千穂河原の駐車場にある鳥居をくぐり約300mくらい参道を歩きます。

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参道は右に曲がっており、そこを曲がると、石段と鳥居が現れます。
そこが天孫降臨神籬(ひもろぎ)斎場です。

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斎場周囲は結界が張られ、立ち入り禁止です。

そして八角形に造られた場所がありました。
ここで火が焚かれるそうです。

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この霧島神宮古宮址は霧島神宮が火山で焼失した場所ですが、この古宮の前にも別の場所に初代の霧島神宮がありました。
それは、高千穂峰山頂と御鉢の間の浅い谷、「背門丘(せとお)」と呼ばれる場所にあったのです。
その初代の霧島神宮は6世紀に欽明天皇の命により慶胤(けいいん)という僧によって社殿が造営されたとされています。

しかし「御鉢」はたびたび噴火して、そのたびに社殿は焼失、そのため西暦950年天台宗の僧である性空(しょうくう)上人という僧がこの古宮址の場所に霧島神宮を遷宮したのです。

最初の霧島神宮も遷宮も僧がしたというのが興味深いです。

祭神は、お釈迦様でも観音様でもなく、天照大神の孫の瓊瓊杵尊なのに・・・・。

ところが、遷宮されたこの古宮址の地でも噴火の影響で度々炎上し、文暦元年(1234年)の噴火で社殿が全焼した後は250年間、祭神は行在所(あんざいしょ)に仮鎮座していたそうです。

その後、文明16年(1484年)に、島津第11代当主の島津忠昌の命により真言宗の僧である兼慶(けんけい)が、現在ある霧島神宮の地に遷宮したそうです。

おお、またもや僧による再建ですね。

昔は神仏習合の神宮寺が当たり前だったので不思議なことではないですね。

斎場の鳥居の正面は「御鉢」です。
この奥に高千穂峰があります。

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御鉢の中心あたりに天の逆鋒があるのです。

この鳥居越しからの御鉢の噴火を見て、当時の人は神様の怒りと感じたのでしょうか?

最近、あちこちで噴火が起こっていますが、怒りが静まることを願います。
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八角形なんですね。
頭の中が巡ってます。

Re: タイトルなし

古宮址はパワースポット。
訪問してパワーを沢山いただいてください(^^)

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