ギロチンと呼ばれた諫早湾潮受け堤防

1997年4月14日、「ギロチン」と呼ばれた潮受け堤防の水門が閉じられ、諫早湾の潮の流れが止められました。
その「ギロチン」の場所は今は堤防になり道路となっています。

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右が有明海、左が干拓地側
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これは右が干拓地側

この道路は、「ギロチン」から約10年後の2007年11月20日に完工し、12月22日午後5時に開通しました。
全長7kmです。

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潮受け堤防には南側と北側に2か所の水門が儲けられています。

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北側水門


この水門閉鎖により潮受け堤防内側は有明海から完全に分離され淡水化され調整池となりました。
調整池は農業用水源として使用され、調整池の水は水位が海面から20cm高くなると有明海に放出されるようになっているそうです。
この日も大量の水が放出されていました。

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調整池から有明海へ放出

干拓地の方を見ると煙が上がっていました。
たぶん農地で草などを焼いていたのだと思われます。

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実はここを訪れる前まで、もっと有明海側に農地が広がっているように思ったのですが、調整池が思いのほか広かったので驚きました。

この潮受け堤防の構想は、60年以上も前の1952年、当時の長崎県知事が長崎県の平地を広げることと当時の食糧難を解決するために「長崎大干拓構想」として発案したのが始まりだそうです。
そして、当初の計画では諫早湾11000haを締め切って巨大な干拓地を造るものだったそうですが、予算の関係で規模を1/3に縮小したということです。
(縮小できるなら作らなくてもよかったような・・・・)

この諫早湾干拓事業は、失敗知識データベース「失敗百選」において公共事業(建設事業)での失敗例として事例提供されているそうです。

この事業が原因で、有明海の二枚貝のタイラギが全滅したと言われ、また有明海苔の変色なども一時期ニュースになりました。
全ての漁業被害がこの堤防のせいではないのでしょうが、何らかの因果関係はあるかもしれません。
そして現在、漁業者は開門要求をしていますが、開門と言っても2か所しかない水門の開門です。潮受け堤防がなくなるような開門ではないのでどれだけ調査が出来るかも不明でしょう。

いずれにしても自然を破壊したことは確かです、人間のエゴのために。
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No title

近くにある海岸も埋め立てたせいで 埋め立てた近くの海岸も潮の流れが変わってしまったそうです。

なんで ギロチンって呼ばれているんでしょうか?
いわくつきの場所なんでしょうか?

No title

こんにちは~

あの衝撃的な映像 覚えてますよ。
今は堤防になって7キロの道路ですか…
一時有明海の海苔の変色も話題になりましたね。
人間のエゴのため環境破壊…いずれ人間にしっぺ返しされますね。


Re: No title

「ギロチン」、ここで実際人間がギロチンにあったわけではありません。
諫早湾を干拓地と有明海に遮断するときに、ギロチンのように鉄板が海面から海中に突き刺さっていき、そのさまが「「ギロチン」のようだったからです。
また実際に諫早湾の一部が切り離されたことでもあるので「ギロチン」と呼ばれています。

Re: No title

何枚もの鉄板がギロチンのように海底に刺さっていく。衝撃的な映像でしたよね。
生態系に影響を与えることなんか考えていなかったのでしょうね。
走り出したらとまらない公共事業の失敗ですね。

No title

こんなふうに旅行が出来たらな・・・

Re: No title

きっとその日は来ると思います。
私は「明日はどうなるか分からない」という発想で、行きたい所に行くようにしています。

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