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1611年に完成して今もなお、その姿を見せてくれている松江城です。

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明治初期に公布された廃城令で、天守を除く建造物は当時の貨幣価値で4円から5円で払い下げられすべて撤去されてしまいました。
天守もまた、180円で売却されることになったのですが、出雲の豪農の勝部本右衛門や元藩士の高木権八が資金を調達して買い戻され、保存されることになりとなり、現在に至っています。
ちなみに当時、米一俵が3円弱といわれていたそうです。

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1935年、「国宝保存法」により国宝に指定され、戦後は1950年に新しく制定された法律の「文化財保護法」により、「重要文化財」となっています。
天守閣からは松江の町並みや宍道湖を360度眺望できます。
そして、四季を通じて表情を変える松江城は、松江市のシンボルとして市民に親しまれ、城山公園は憩いの広場として愛されているそうです。

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松江といえば昨日記事にした「小泉八雲」。
小泉八雲といえば怪談ですよね。

松江城の築城は堀尾忠氏によって開始されるのですが27歳で急死。
5年の歳月をかけて完成した城には彼の子の忠晴が城主となりました。
しかし、忠晴は嫡男に恵まれなくて堀尾家は断絶してしまいます。

なぜそんなことになったか?
こんな言い伝えがあります、

天守台の石垣を築くとき、何度も石垣が崩れ落ちなかなか石垣を築くことが出来ません。
そんなとき石垣を築いていた工夫の間から、
「人柱がなければ工事は完成しない」
と、話が出ました。
そこで、盆踊りを開催し、その中で最も美しく、もっとも踊りの上手な少女が踊りの最中にさらわれ、人柱として埋め殺されたそうです。
その後、石垣は見事にでき上がり城も無事落成しましたが、城主の父子が急死し、お家断絶となりました。
人々は娘の無念のたたりであると恐れ、天守は放置され荒廃したそうです。
その後、幕末までこの地を治めた松平氏の入城まで天守からは娘のすすり泣きが聞こえたという城の伝説が残ているそうです。
また、城が揺れるとの言い伝えで城下では盆踊りをしなかったということです。
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