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鎖国時代、オランダとの交易で出島ができる前まで商館があった平戸島。その平戸島の北西にあるのが生月(いきつき)島で、平戸島とは橋で結ばれています。

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生月(いきつき)の名前の由来は、
”遣隋使・遣唐使の時代に中国から日本へ帰国する旅人が、船上からこの島を見つけると、無事に帰ってこられたと安心してホッと息をついたことから”
と伝わっています。

まず最初に訪れたのが島の最北端にある「大バエ灯台」

いきつきしま2021DSC_6782 (2) (640x427)

約100メートルほどの高さがある断崖の上に立っています。展望所が設けられていますが立ち入り禁止になっていました。展望所からは大海原が一望できるはずです。

島の東側はゆるやかな傾斜地になっていて、住民の多くはそちらに集中していますが、西海岸は切り立った海食崖が連続しています。

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塩俵断崖という場所の柱状節理です。
1000万年くらい前、この辺りは火山活動が活発で、その溶岩が長い年月をかけてこのようになったのです。自然の力ってすごいですね。
こんな断崖がある島の西側ですが、牧場もありました。

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黒毛和牛です。
ブランド牛の「平戸牛」」なんでしょうね。平戸の放牧は歴史が長く1200年以上も前に記録が残っているそうです。
牧草地は海に面し潮風があたる 環境で育つことで、独特の強い甘みがでるのだとか。そして、細かな霜降りが特徴で、人肌でも溶けるほどの上質な脂なんだそうです。
食べてみたい!

生月島といえば「カクレキリシタン」が有名ですね。
1878年、ペルー神父の働きでカクレキリシタンからカトリックに入信した人が現れた山田地区に建つのがレンガ造りの山田教会です。

いきつきしま2021DSC_6782 (8) (640x427)

長崎県を中心に多くのカトリックの教会堂建築を手がけた鉄川 与助(てつかわ よすけ)の設計施工です。残念ながらコロナ感染防止のため内部は見学できませんでした。

生月島にはこのようなカトリック教会で祈りをささげる人もいますが、先祖代々の教えを引き継ぐ「カクレキリシタン」もまだいるそうです。
カクレキリシタンの信仰は、その原点はフランシスコ・ザビエル達が布教した当時のものだけど、禁教が長く続き、その形態が変化していき、キリスト教徒は違ったものになったものです。
なので、潜伏キリシタンを見つけるために行われた絵踏みは、カクレキリシタンには通用しなかったと何かで読んだことがあります。
そんなことを考えながら生月島を離れる前に立ち寄ったのが、大きな十字架がある場所。

いきつきしま2021DSC_6782 (1) (640x427)

ガルパス様と呼ばれる場所です。
1609年に処刑され、生月島で最初の殉教者となったガルパス西(西玄可)の墓がある場所です。
処刑されるとき磔を願ったけど拒否されたため、1563年にコスメ・デ・トーレス神父によって大きな十字架が建てられたというこの場所で処刑されることを願い出て、斬首されたそうです。
この場所を「黒瀬の辻」と呼ばれていますが「「クルスの辻」が「黒瀬」に変わったと伝わっています。

初めて訪れた生月島。景色、歴史、十分に楽しめるところでした。
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Comments 2

GUIHUA  

昨年行った生月島をもう一度眺められて懐かしい気持ちでした。
ですが、この生月島のバスツアー参加の際、マスクせずにおしゃべりされる年配女性と遭遇したんです~
素晴らしい景色の思い出とお茶に飛沫が・・・の記憶が混在しています。

2021/02/22 (Mon) 19:22 | EDIT | REPLY |   
BB  
GUIHUAさんへ

あ~~(>_<)、あのおばちゃんですね。
せっかくの生月島が・・・・。残念。
大事な力が台無しでしたね。
嫌なことを思い出させて申し訳ないです。

2021/02/22 (Mon) 20:49 | EDIT | REPLY |   

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