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先週末、福岡県筑前町立 大刀洗平和記念館に行ってきました。

大刀洗は、1919年に旧日本陸軍がここに飛行場を作る前は、数件の民家があるだけだったそうですが、飛行場が出来た後に町は発展し百貨店などができ、多くの人々の往来があり、今は寂れている甘木鉄道の「太刀洗駅」も、当時は毎日1~2万人の利用客があったそうです。
そして当時、完成した大刀洗飛行場は東洋一とうたわれていたそうです。
先の大戦末期には、多くの特攻隊員がこの太刀洗飛行場から知覧や万世へ向かい、その後特攻したのです。

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太刀洗駅

※ 町名は「大刀洗」 駅名は「太刀洗」 昔この地で武将が太刀を洗ったことが地名の由来なので「太刀洗」が本来の地名です。

そんな町を発展させた飛行場も1945年3月の大空襲で壊滅状態になり、戦後は完全に消滅し町は寂れていきました。
そして太刀洗駅は無人化となり、それに伴って取り崩されることになったそうです。
その時、地元で建築業を営んでいた淵上宗重さんが、大刀洗飛行学校の分校であった鹿児島の知覧には記念館があるのに大刀洗には何もないという理由で、取り壊される予定の駅舎を利用した個人運営の平和記念館を開館しました。

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旧平和記念館


この記念館は2008年に閉館し、新たな記念館が2009年、筑前町立大刀洗平和記念館として旧館のあった太刀洗駅の前の国道を挟んだ向い側に開館しました。

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新館の外観はカマボコ型で飛行機の格納庫のようなデザインになってます。
展示品には旧海軍の0戦もあります。

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零式艦上戦闘機三二型
(世界で唯一の現存機)

鹿児島の知覧や万世の平和記念館は主に特攻隊員の遺書などが展示されていますが、ここ大刀洗記念館は特攻隊員のものの他に、1945年(昭和20年)3月の太刀洗大空襲の時の資料や犠牲者の遺影が展示されています。
特に、3月、終業式を終えた児童が下校途中に米軍の爆撃を受け、31名の幼い命が奪われたことに胸が締め付けられます。
ここを訪れて、戦争の悲惨さを学ぶとともに、多くの犠牲があって今の平和があるのだと、あらためて感じました。
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2014/08/26 (Tue) 07:04 | EDIT | REPLY |   

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