吉野ヶ里遺跡②「甕棺(かめかん)墓列」

吉野ヶ里遺跡に土が盛り上がった場所があります。
ここは、「甕棺(かめかん)墓列」といって弥生時代の一般人の墓です。

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吉野ヶ里2 (3) (640x427)

甕棺(かめかん)は佐賀や福岡の北部九州に特有の棺のことです(熊本、長崎、大分の一部でも見られます)
大型の素焼きの土器に亡くなった人を入れて埋葬する方法で、弥生時代中頃のおよそ200年の間、盛んに使われていたそうです。

この吉野ヶ里周辺だけでも15000くらいの墓が点在していると考えられているそうで、まだ土深く眠っている弥生人がいるのでしょうね。

吉野ヶ里2 (5) (640x427)


当時、甕棺を使った埋葬は一般人のみならず王様などの支配層の人にも行なわれ、葬られている場所の違いや甕棺の大きさ、そして副葬品などで身分の差を表していたと考えられているそうです。

弥生人の衣服について魏志倭人伝には、男は布を身体に巻き付けただけ、女は布の真ん中に穴をあけ、すっぽりと首からかぶったものを着ていると書かれているようですが、甕棺の中から見つかった麻や絹の布片から身分によって服の素材や形が違っていたと想像できるそうです。

身分の高さを表したことがうかがえる朱色に塗られた甕棺の中からは銅剣やガラス製の管玉が発見されました。

吉野ヶ里2 (6) (640x427)

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ガラス製管玉は中国産の胸飾りの可能性があるそうで、吉野ヶ里は海岸から数十キロ離れていますが、大陸との交易があったんですね。

甕棺墓列の他に歴代の王が埋葬された墳丘墓が吉野ヶ里では発見されています。
この墓はなんと内部が公開されて弥生時代そのままの姿を見学できます。
それはまた明日。
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想像以上ですねぇ
でも一般人も甕棺に入れて貰えて、安心しました。
やはり、祖先は大切にしてるんですよね
副葬品は別にいいかなぁ・・・
タイムスリップしたみたいですね

ココモカさんへ

こんばんは。
甕棺の中の人骨には、頭部がないものやヤリが10本も打ち込まれたものがあったそうです。
何が起こったのか興味津々。
やはり行ってみたいですね弥生時代。

日本の事も分らないでエジプト博物館に夢中になってます(笑)
でもこうして見ると人間が考える事は同じなんだなぁと知りました。
大昔の事なのに共通点が沢山有ります、

太巻きおばばさんへ

おはようございます。
もしかしたら当時は想像もつかない方法で全世界がつながっていたのかもしれないですね。
多少のいざこざはあったのでしょうが今よりも平和だったんだろうなぁと思います。

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