国宝 大浦天主堂

長崎を訪れたらほとんどの人がここに足を向けるのではないでしょうか。
国宝「大浦天主堂」です。

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大浦天主堂は1597年、豊臣秀吉のキリシタン弾圧によって長崎で殉教した日本二十六聖人たちに捧げられた教会です。
天主堂は二十六聖人が磔にされて殉教した場所の西坂に向けて建てられています。

長崎は原爆の被害があった町ですが、この天主堂は倒壊を免れました。
ただ爆風でステンドグラスは割れてしまい、現在のものは再作製されたものがはめ込まれています。

大浦天主堂といえば、「信徒発見」です。

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大浦天主堂が1864年に完成し翌年の1865年2月から公開が始まりました。「フランス寺」と呼ばれていた天主堂に公開から一ヶ月後、浦上で潜伏していた隠れキリシタン達がやってくるのです。

そして聖堂内で祈るプティジャン神父に近づき、「ワタシノムネ、アナタトオナジ」。

歴史的な信者発見の一場面ですね。

このこともあり、隠れキリシタンは禁教の期間200年以上にわたってキリスト教を守ってきたといわれるのでしょう。

ただ、「オラショ」が呪文になったり「パライゾ」が何の意味かもわからなくなっていた隠れキリシタンが、「ワタシノムネ、アナタトオナジ」なんて言ったのかなぁ、なんて思ったりもしますが。

ところでこの大浦天主堂には「旧羅典神学校」が残っていて国の重要文化財に指定されています。

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キリスト教の禁教が解けた後、プティジャン神父は神学校の設立を計画し、1875年に完成した建物です。
この建物の設計と監督に当たったのがド・ロ神父なのです。
すごいですねド・ロ神父。

現在は「キリシタン資料室」となってるので、大浦天主堂を訪れたときはぜひ見学してください。

もうひとつの建物が「旧大司教館」。

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この建物もド・ロ神父の設計なのです。

が、しかし、ド・ロ神父はこの時の工事中の怪我が元で亡くなってしまいました。

外海だけでなくここでもド・ロ神父は活躍されていたんです。

国宝「大浦天主堂」を訪れたときはド・ロ神父の偉業にも目を向けてほしいと思います。
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