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神話に出てくる「鬼の岩窟」@西都原古墳

昨日紹介したニニギノミコトとコノハナサクヤヒメの墓。
そのコノハナサクヤヒメについて神話が残っています。

それはコノハナサクヤヒメが、ニニギノミコトと出会う前の話です。

昔、西都原には、力持ちの鬼が住んでいてコノハナサクヤヒメをお嫁さんにしたいと思っていました。

そこで鬼はコノハナサクヤヒメの父親で山の神「オオヤマツミ」に嫁にくれと申し出ます。
さあ、オオヤマツミは困ります。
美しい娘をこんな怖い鬼にはあげられません。

そこでオオヤマツミは鬼に、
「明日の夜明けまでに、大きな石の岩屋をつくることができたら、娘を嫁にやろう」
と言ったのです。

それを聞いた鬼は大喜び。さっそく岩屋作りを始めました。なにせ力持ち、簡単に夜が明けないうちに完成したのです。
完成して安心した鬼は、うつら・・・うつらと寝てしまいました。

そこへ、オオヤマツミが様子を見にくるとなんと大きな岩屋が出来上がっているではないですか。
おどろいたオオヤマツミは、岩屋の石を一枚抜いて遠くにほうり投げたのです。

夜が明けて鬼がオオヤマツミに岩屋が完成したと告げると、
「石の抜けた岩屋では、娘を嫁にやることはできん」
と言い、鬼の申し入れを断ったのだそうです。

面白い話ですね。
その岩屋があるんです。西都原古墳群に。

このはなさくやひめ (3) (640x427)

「鬼の窟」と名づけられた西都原古墳群の中の206号墳です。

西都原古墳群のほぼ中央部にあり、直径37m、高さ7.3mの円墳です。

このはなさくやひめ (4) (640x427)

内部は見学が出来ます。

このはなさくやひめ (1) (640x427)

内部は長さ5m弱、幅約2.2m、高さは1.8mあり、大きな石で囲まれています。
まさに鬼が一晩で作ったような石室です。

内部でオオヤマツミがどの部分の石を取って放り投げたのか見ましたが分かりませんでした(^^;

でも、そのおかげでコノハナサクヤヒメはニニギノミコトと結婚ができ、山幸彦が生まれたんですよね。
そして山幸彦とトヨタマヒメが結ばれ、その孫が初代天皇の神武天皇なんです。
鬼に嫁いでいたら今の皇室はないのかも・・・。

山幸彦とトヨタマヒメが祀られているのは青島神社、その子供、神武天皇の母親が祀られているのが鵜戸神宮。
ん~、さすが神話のふるさと宮崎です(^^)

宮崎旅行の折は神話をちょっとかじって訪れると2倍楽しめるかもしれないです。
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ニニギノミコトの墓@西都原古墳群

円墳や前方後円墳、その形がはっきりわかる墳墓が点在する西都原古墳の中で樹木に覆われてその全容がわからない場所があります。

ににぎのみことのはか (3) (640x427)

ここはなんだと思いますか?
周囲を柵で囲われ自由に出入りできないようになっています。

ににぎのみことのはか (2) (640x427)

なんと天皇家の始祖「天照大神」の孫にあたる 瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の墓がある場所なんだそうです。
だから宮内庁管轄でここは立ち入り禁止。

ににぎのみことのはか (1) (640x427)

この境界の中には「男狭穂塚(おさほづか)」と「 女狭穂塚(めさほづか)」があり、男狭穂塚は瓊瓊杵尊、女狭穂塚はその后「木花開耶姫(このはなさくやひめ)」の墓と伝えられているのです。

数年前に宮内庁の許可をえてレーダー探知調査をしたら、日本最大級の帆立貝型古墳と九州最大の前方後円墳が現れたそうです。

ninigi.jpg
画像はお借りしました

帆立貝型の古墳が男狭穂塚です。

すごいと思いませんか?
ここだけがうっそうとした樹木に覆われ他の古墳とはまったく違う世界です。
もしかしたら本当に瓊瓊杵尊が眠っているのかも。

ところで瓊瓊杵尊って知ってますよね。
天上界から三種神器を携えて地上を治めるために高千穂に舞い降りてきた天照大神の孫です。
そうです「天孫降臨」です。
鹿児島の高千穂の峰にはこの瓊瓊杵尊が刺したという逆鉾(さかほこ)があります。なんとこれを坂本龍馬は引き抜いたのだとか。新燃岳や硫黄山の噴火で近づけないかもしれませんが、霧島の高千穂河原から望遠鏡でその逆鉾を見ることもできます。

古代というか神話の世界に引きずり込まれますね(^^)
さすがは神話のふるさと宮崎です。

瓊瓊杵尊の后「木花開耶姫」について神話が残っています。それはまた明日。
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300基以上の古墳が点在する「西都原古墳群」宮崎県

宮崎県にある「西都原古墳群」行ったことがありますか?
東京ドーム23個分の広さの中に300基以上の古墳が点在しています。

こふんぐん (1) (640x427)

こふんぐん (5) (640x427)

一見すると小高い丘のようですが、1400年前~1700年前に亡くなった古代人の墓なんです。
西都原古墳群の多くの墓はこのような円墳ですが、中には立派な前方後円墳もあります。

こふんぐん (4) (640x427)

美しいでしょう。
なかなか前方後円墳の全体像を見る機会はないのではないでしょうか。
この古墳は13号墳と呼ばれ4世紀後半に造られた柄鏡式(えかがみしき)前方後円墳だそうです。
柄鏡式?説明は省きます(^^;一言に「前方後円墳」といっても色々な形があるようです。

この古墳は内部が見学できます。
入り口。

こふんぐん (2) (640x427)

内部を保護するために頑丈なドアが設けられ、ドアを開け入室すると、

こふんぐん (3) (640x427)

すごいでしょう。
この古墳は大正5年(1916年)京都大学により、そして平成10(1998年)~12年(2000年)には宮崎県教育委員会により発掘調査が実施されたそうで、発掘当時の状況を判りやすく紹介するために展示公開されているのです。

大正時代の調査で、ヒスイの勾玉や管玉、刀や直径22cmの三角縁三神三獣鏡などが発掘されたそうです。

すごいですね。
1700年近く盗掘されずに残っていたのです。
これは西都原の住民が古代よりこの地を神聖なものとして大切に守ってきたからではないでしょうか。

1700年前、この中にどんな人物が埋葬されたのか?なんて古墳の中で考えながら古代ロマンに浸っていました(^^;

今後数日、神話のふるさと宮崎にある西都原古墳群を紹介します。
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