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出島レストラン出島内外倶楽部レストラン

和・華・蘭文化!だそうです。
和食、中華、洋食が融合した長崎ならではの食が楽しめるのが出島内外倶楽部レストランです。

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一時期は無料休憩所になっていましたがレストランとして、またオープンしていました。
この建物は明治36年(1903年)にF.リンガーによって建てられた英国式明治洋風建築です。リンガー、そうです、グラバー園にもリンガー邸がありますが、そのリンガーさんが建てました。当時長崎に暮らしていた外国人と日本人の社交場だったそうです。
一階がレストランになっていて「トルコライス」や、地元の野菜を使った「じげもん野菜のビーフカレー」、「出島特製長崎具雑煮」、「五島うどん具だくさんトマトソース」など長崎名物が味わえます。
今回いただいたのは「長崎ビーフライス」

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オランダの伝統的料理「ヒュッツポット(牛肉の煮込み料理)」を参考にした長崎の新しい一品で、馬鈴薯、人参、生葱、チーズ等オランダから伝わった野菜や食材が使われた料理です。
そしてバターライスの形に注目。なんと出島を1500分の1に縮小したサイズなのです。崩すのがもったいなかった(^^♪
相方が食べたのが「長崎出島そっぷライス」

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「そっぷ」」とはオランダ語でスープのこと。鎖国時代、出島のオランダ商館で食べられていた味わいを現代風にアレンジした料理だそうです。
1903年から時を刻み続けた空間で美味しい長崎らしい味を堪能しました。

このレストランの二階は「旧長崎内外倶楽部」の展示があります。

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旧内外倶楽部は、明治32年(1899年)にグラバーの息子倉場富三郎を初めとした有志によって発起されたクラブで、長崎に在留する外国人と日本人の社交の場として設立され、ここで交流していたようです。ただし女人禁制だったのだとか。
ところで倉場富三郎、第二次世界大戦の時はスパイじゃないかと監視されていたそうです。そして終戦後すぐ連合軍から日本軍に加担していたという嫌疑がかかることを恐れ自殺したのだとか。戦争はイヤですね。

写真の右側にある暖炉の上は長崎内外倶楽部の会員名札入れになっています。

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当時のまま直筆のネームプレートが残っているのです。

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120年近い歴史が刻まれた部屋なんですね。
西洋人と日本人が交流した空間にタイムスリップし、和・華・蘭料理に舌鼓を打つのも出島の楽しい過ごし方です。
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長崎観光名所「出島」が進化していて驚いた

長崎の観光名所、国指定史跡(出島和蘭商館跡)、いわゆる「出島」。
5年ぶりくらいに訪れたら建物の復元事業が進んでいて驚くほどの進化を遂げていました。出島といえば以前からあった出島のミニチュアくらいしか記憶がないのです(^^♪

でじま (10)

このミニチュアでは分かりづらいですが、出島に渡るための橋が架かっています。130年の時を超えて再び出島をつなぐ橋が完成しました。

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完成したのは2017年11月25日(土)。鎖国をしていた江戸時代、貿易の窓口として開かれていた人工の島「出島」。橋だけが対岸とを結ぶ唯一の道だったのです。それが再現されたのです。
せっかく架けられた橋だけどこちらから入島する観光客はほとんどいなかったような・・。やはり電停のある西門入り口からですね。

でじま (4)

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門の前の道路には一部舗装を変えています。これは当時この部分が海でその海に突き出ていた埠頭をあらわしているのです。
出島の学芸員の方の話では将来、この部分も堀にして、昔の扇形の出島を再現させる計画もあるのだとか。将来すごい進化が見られるかも。
数年前に訪れた時にはなかったものが沢山。そして工夫も沢山。そのひとつが商館長が暮らしていた「カピタン部屋」

でじま (1)

「阿蘭陀冬至(おらんだとうじ)」というクリスマスの祝宴風景が再現され、テーブルには豚の頭や鯛の塩焼きや牛肉の塩漬けなど当時の沢山の料理が再現されています。
そしてこの建物のテラスの向こうは、今は電車や車が走る道路ですが当時は海でした。それをCGで再現するサービスも。

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タブレットを向けるとその方向に当時見えていた風景が映し出されるのです。すごい仕掛け。ただしこれは学芸員と一緒に回る無料のツアーでのみの体験になります。なおタブレットに映し出される風景はカピタン部屋だけでなく他にもあります。

学芸員と回るツアーはタイミングが合えばいいですが、そうでない場合でも十分楽しめます。出島の護岸のあとや、当時船が入港してきたときの作業風景が再現されたミニチュアなど、見どころ満載。

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そして要所要所ではビデオの解説もあります。たとえば小さなベッドの理由。

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一番船船頭部屋にあるオランダ船の船長が滞在していた部屋で家具などが展示されています。そこで目を引くのが小さなベッド。オランダ人はデカイからこんな小さなベッドで大丈夫?
近くにある解説をしてくれるビデオのスイッチオン。

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なんと当時のオランダ人は上半身を起こして就寝していたそうです。面白いですね。

色々なことが学べた出島。以前は1時間もいれば十分でしたが今回は島内でランチもして4時間くらい滞在しました。
学芸員のツアーに参加したこともありますが、そのおかげで知らなかった出島を学ぶことができました。一番驚いたのは出島は今のように復元する前は一般住宅が建っていたということ。明治に入り役目を終えた出島は、周囲を埋め立てられて市街地の一部となったからなのです。
長崎市が出島の復元に着手してからおよそ60年。約130年ぶりに橋が架り、これからもまだまだ進化していく出島が楽しみです。
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長崎稲佐山から見た1000万ドルの夜景

デジカメのホワイトバランスの設定を間違えたので赤みがかった夜景ですが稲佐山から見た長崎1000万ドルの夜景です。
下の写真は翌朝再訪して同じ場所を撮影しました。

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ホワイトバランスを修正して別の角度で撮影。ん~露出不足。1000万ドルというより1万ドル位の夜景にしか見えません(^^♪

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長崎の夜景を楽しむには稲佐山山頂まで5分で運行するロープウェイを利用すると便利です。標高333メートルの山ですが歩いて登ると1時間以上かかります。車でも上ることができます。
山頂からは360度のパノラマで市内全景を望むことができ、天候の良い日は雲仙・天草・五島列島までも見える長崎観光おススメスポットです。
その山頂から見える夜景は1000万ドルの夜景といわれています。そして2012年に開催された「夜景サミット2012 in 長崎」にで、香港、モナコと共に「世界新三大夜景」に選ばれたそうです。さらに2015年には、神戸、札幌と共に「日本新三大夜景」にも選ばれました。函館や北九州よりも素晴らしいということでしょうね。そんな夜景をカメラの腕が未熟でお伝え出来ないのが残念です(>_<)

ロープウェイに乗車するガイドさんの説明では日没後30分くらいが空の色と夜景が混じりあって綺麗だということでした。人によっては20時から21時が電気を一番利用している時間帯だから綺麗という人も。日没から21時くらいまで山頂で楽しめばいいですね。
でも夜景がきれいなのはやはり空気が澄んだ冬。寒い中夜景を楽しむのは大変です。若いカップルでも・・・(^^♪

山頂には電波塔が建っています。

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電波塔はライトアップされるのですが、実は昨年9月の落雷でライトアップができなくなっていました。そしてなんとラッキーなことに訪れた夜はライトアップを開始する前の試験点灯の日で青やオレンジに色が変わる電波塔を見ることができました。

明るい時間、稲佐山から市内の風景が一望。

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中国からの観光客を乗せた船ですね。
そして分かりますか?

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森に囲まれたところに小さく平和記念像が見えます。一眼カメラの250mm望遠なのでこの程度。望遠端の焦点距離が1000mmを超えるネオ一眼カメラが欲しい。

稲佐山から望めば原爆が落ちた場所、そしてどうして出島や中華街、グラバー園のあたりの被害が少なかったか等が分かる地形も確認できます。ロープウェイで5分の空の旅。稲佐山は長崎観光のおススメスポットです。
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