青空に浮かぶ白亜の大江教会

天草下島の国道389号を南下していると丘の上に教会が見えてきます。

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ロマネスク様式の教会「大江天主堂」です。
青空の下、白亜の教会がとても美しく浮かび上がっています。

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大江教会はキリスト教解禁後、天草で最も早く造られた教会です。
現在の天主堂は昭和8年(1933年)に天草での伝道に生涯を捧げたフランス人宣教師ガルニエ神父が私財を投じて建立したもので、設計は長崎出身で浦上天主堂の設計も手がけた鉄川与助です。

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教会周辺には「ルルドの泉」もあります。

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ガルニエ神父は、地元の信者に「パアテルさん」(神父さんの意味)と親しみを込めて呼ばれ、明治25年(1892年)布教のため25歳で来日し、1941年1月82歳で大江で没するまでの49年間、一度も祖国に帰ることはなく天草の地で骨をうずめました。

明治40年(1907年)には北原白秋や与謝野鉄幹など若者5人が「パアテルさん」に会うために天草を旅しています。
その時の紀行文が『五足の靴』として発表されています。

天主堂のそばに『五足の靴』の一人、吉井勇の歌碑が建っています。

白秋とともに泊りし天草の
 大江の宿は伴天連の宿

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熊本県天草下島のキリシタンと幕府軍が激戦を繰り広げた富岡に長崎から上陸した一行は、大江教会までの32kmを1日かけて徒歩で移動しました。
そしてようやく会えたパアテルさんに強烈な印象を覚え、後の彼等の作品に影響したのです。
北原白秋の最初の作品『邪宗門』にある挿絵は潜伏キリシタンが所持していた300年前の十字架で、パアテルさんから見せてもらったものです。

パアテルさんが一生を捧げた白亜の大江天主堂、何度来ても気持ちがシャキっとします。
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[ 2016/07/28 06:45 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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