ザビエル公園 キリスト伝来の地 鹿児島

鹿児島に何度も訪れていて初めて行ったのが「ザビエル公園」で、ザビエルの来航400年を記念して作られた公園だそうです。

実は「ザビエル」って大分県に関係が深く、なんで鹿児島なの?って思っていました。それに「ザビエル」って大分県を代表するお菓子だし(^^;

1549年来日したザビエルの初上陸地は鹿児島の祇園之洲だったそうで、約1年間鹿児島で過ごし、キリスト教をはじめ、さまざまな異文化を伝えたそうです。なのにどうして鹿児島にキリスト文化が定着しなかったかというと、仏教徒の激しい反対にあったり, 期待した貿易船がやって来なかった ことで 島津貴久が布教に冷たくなったからだと園内の説明に書かれていました。
ザビエル公園に行くと教会の一部が残っていました。

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これは、明治時代に日本最初の仏和辞典を作成したラゲ神父が、ザビエルの功績を讃えてザビエル教会を建てた石造りの旧聖堂の一部だそうです。教会は先の大戦で焼失てしまって今は残っていません。

公園内にはほかに、ザビエルがヤジロー(薩摩人)とベルナルドと共に布教活動を行なっていた様子を表した銅像があります。

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鹿児島を去ったザビエルは平戸から山口、 京都まで足をのばして布教活動を行い、大分県から マラッカにむけて帰航の途につきました。

ザビエルの最後の訪問地が大分とは、いままで大分に最初に来たと思っていました(^^;
ザビエル=大分と思っていたのは、お菓子のせいもあるけど、当時大分を治めていた大友宗麟がキリシタン大名で有名だったこともあります。
もし、島津貴久がキリスト教に改宗していたら、もっと違う鹿児島になっていたかと思うと歴史って面白いなぁと思いました。
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[ 2016/04/08 06:48 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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