隠れキリシタンと雲仙地獄

島原で悪政を行った島原領主松倉重正。
57歳で狂死するのですが、その要因がキリシタン迫害の祟りだといわれています。

その松倉重正が始めたのが雲仙地獄でキリシタンを拷問して死に追いやることです。
雲仙地獄にはここで殉教したキリシタンの碑が建っています。

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残念なことにこの碑に立ち寄る観光客はほとんどいませんでした。
十字架のそばにある殉教碑には、
沸々とたぎり轟々と噴騰する硫黄地獄、1627年から5年間ここで行われた “雲仙地獄の殉教”は早くから海外にまで知られて人々の胸をゆすぶった。 或は硫黄涌き立つ湯壺に投せられ、または全身に熱湯を注がれながら屈せず、 信仰に殉じたもの数十名。 “身体を殺して霊魂を害し得ないものを恐れるな”との聖訓を奉し、 神への忠誠と霊魂の尊厳とを重んじて、 拷問と死とに打ち克った聖なる殉教者たちの誉れは永くここに留まる。 1961年11月5日 カトリック長崎大司教区 【キリシタン殉教記念碑より】
と書かれています。
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実際に、1627年2月28日、16人のキリシタンが初めて雲仙地獄の熱湯をかけられて拷問を受けました。
その中には婦女子もいたということです。
キリシタンの人々は熱湯をかけられても、声をだして祈り、賛美歌を歌ったそうです。
そのため、役人は拷問のさいに猿ぐつわをはめ、声を出させないようにして熱湯をかけ拷問したということです。

こうやって多くのキリシタンが雲仙地獄で死んでいきました。

また、1629年には、長崎奉行が松倉重正の勧めで長崎の牢にいる64人(内27人は女)キリシタンたちを雲仙に連れてきました。
その中の洗礼名をイザベラという婦人は、裸にされ手足を縛られ、そして地獄の憤気口の側の石の上に立たされて熱湯をかけられたりしたそうです。
役人が
「キリシタンを捨てないなら、10年でも20年でもこの責めをつづけるぞ」と言ったとき、イザベラは、
「10年、20年は束の間のこと、100年でも私が生きている間はこの責めをしのぎまする。」
と言ったそうです。

当時のキリシタンの信仰心というのは強力だったんですね。

このように1627年から続いた隠れキリシタンへの地獄責めは、どんなに苦しい拷問をあたえても信仰を彼らから奪うことが出来ないことを証明しました。そして、松倉重正が狂死した翌年をもって中止されたのです。
やはり、祟りをおそれたのでしょうか?

それから400年弱が過ぎた現在、雲仙地獄を訪れる観光客の何人がキリシタン迫害があったことを知っているのでしょうか?
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[ 2015/06/27 07:08 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)
No title
強靭な信仰心も、キリシタン迫害も、どちらも同じ人間のしたこと。
時に人間は爆発的な力を発揮するんですね。
今の世も、各地でテロが起き、同じようなことが繰り返されています。
歴史に学ばないといけませんね。
[ 2015/06/27 08:43 ] [ 編集 ]
Re: No title
宗教、本来は争いを起こさないためのものだと思っていますが現実はそうではないですね。
♪Imagine there’s no countries It isn’t hard to do Nothing to kill or die for And no religion too♪
ジョンレノンのイマジンの歌詞が胸に響きます。
昨日の大きなテロがありました、テロや戦争のない世界はいつ訪れるのでしょうかねぇ。
平和を望みます。
[ 2015/06/27 21:40 ] [ 編集 ]
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