キリシタン墓地

昨日記事にした「天草キリシタン館」は天草市本渡にある「殉教公園」内にあり、そこにはキリシタン墓地もあります。

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墓地には、平和を祈るキリスト像の前に名もなきキリスト信者が静かに眠っています。
ここに埋葬された信者は、「天草の乱」で亡くなった方が埋葬されているのではなく、乱勃発以前に天草で亡くなった方々のようです。

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この墓地を見守るキリストの傍らに、二つの碑が建っています。
ひとつは、天草での最初の殉教者アダム荒川の碑です。

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1566年、天草にキリスト教が伝えられ、それから20数年後の1589年には当時の天草の人口のおよそ30000人だったそうです。
そのうち約8割の23000人がキリスト教信者だったと伝えられています。
そして、天草には約60人の神父がいて、教会も30近くあったそうです。

その後、禁教令で外国人神父は国外追放になるのですが、そのなかのガルシア・ガルセス神父がアダム荒川に後を頼むのです。
しかし世の中は禁教です、アダム荒川は役人に捕えられてキリスト教を棄てるよう数々の拷問を受けますが、決して棄教しませんでした。
そのため、1614年に処刑されてしまいまい、天草で最初の殉教者になるのです。

もうひとつの碑は、日本に初めて西洋医学を伝えた、ルイス・デ・アルメイダのものです。

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ルイス・デ・アルメイダは、医師ではあったのですが最初は貿易目的で日本に来ました。
貿易で多くの富を得るのですが、宣教師との出会いをきっかけに現在の大分県大分市(豊後府内)にとどまり、私財を投じて乳児院(今でいう熊本にある赤ちゃんポストのようなものなのかなぁ?)を建てるのです。
その後、豊後府内の領主であったキリシタン大名の大友宗麟に願い出て土地をもらいうけ、1557年に外科、内科やハンセン氏病治療を備えた総合病院を建てたのです。
これが日本初の病院であり、西洋医学が初めて導入された場所なのです。

アルメイダはその後マカオに渡り司祭となり、再び日本に戻ってきて、宣教活動や医療活動に専念しますが、1583年10月に天草の地で没しました。

大分市に「アルメイダ病院」があります。
大分に在住時その存在は知っていましたが、病院名がどういう意味でつけられていたのか分かっていませんでした。
しかし、熊本に引っ越してきて天草でのキリスト文化を知ることで大分の病院名の由来を知ることが出来ました。

旅というのは色々なことが学べますね。
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[ 2015/06/04 06:58 ] 未分類 | TB(0) | CM(4)
こんにちは~
BBさん

沢山ご旅行されてますね。
旅行って一人旅がイイですね。
自分のペースで好きな所を回られて。

天草と言えばキリスト教…
昔は禁教…キリスト教を信仰される方々には沢山のご苦労がありましたね。

こういった歴史や由来を知ることも旅の楽しみです。
私は現在 自由に旅に出られません。
BBさんのブログで 旅したつもりで楽しませていただきます(笑)
[ 2015/06/04 12:49 ] [ 編集 ]
Re: こんにちは~
気楽な一人旅を楽しんでいます(^^)
歴史を知る旅、そして美味しいものを食べる旅。
自由に旅に出られないマロンママさんのためにも旅ログがんばります!(笑)
[ 2015/06/04 18:22 ] [ 編集 ]
こんばんは
美しい景色と共に
歴史の勉強をさせていただいています。
不得意な歴史ですから・・・
旅に行き、体で覚えていたら・・・
追試はなかったと思います。
[ 2015/06/04 21:20 ] [ 編集 ]
Re: こんばんは
こんばんは!
歴史は本で習うよりも現地で体験する方が身につきますね(^^)
そのために修学旅行とかあるのだけど、最近はディズニーランドとかに行きます。
これじゃ追試が多くなりますね(^^ゞ
[ 2015/06/04 21:59 ] [ 編集 ]
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