平戸オランダ商館

1639年建造の倉庫が2011年に復元され平戸オランダ商館として公開されています。
内部では絵図や書物のほかに航海用具や貿易に関する資料などが展示されています。

オランダ商館 (1)

徳川幕府になって、日本とオランダの間に正式国交が開け、平戸に設置されたのがオランダ商館です。
でもオランダもキリスト教の国なのにどうして貿易したのでしょう?
日本でキリスト教を布教していたスペインやポルトガルと何が違うの?

なにかの情報で「オランダは新教だから」というのを耳にしたことがありますが???です。

新教であろうとなんであろうとキリスト教には間違いないのだから。

この西洋の建物が建設されたとき、もしかしたら平戸に潜んでいたキリシタンは喜んだかもしれないですね。

オランダ商館 (3)

オランダとの貿易が拡大するに従い、平戸の貿易倉庫は拡大していき、特に1637年と1639年に建設された倉庫は規模が大きく、日蘭間の貿易の象徴でした。

しかし、1640年、突如として徳川幕府よりすべての倉庫の破壊が命じられたのです。
その理由は、1639年建造の倉庫にキリスト生誕にちなむ西暦の年号が示されていたからです。

IMG_2341 (640x427)


それ以後、幕末に至るまでオランダ船の発着はもちろん、オランダ商館員の居留地は出島のみに限定されたのです。

平戸は城主がいる土地ではあったけど長崎や佐賀の中心部からは離れているので潜伏キリシタンは比較的安心して暮らせていたのかもしれないですね。
そんな土地にキリスト教を信じるオランダが貿易の拠点にしているのは良くない、ということになったんじゃないかと個人的に思います。

オランダはスペインのように布教をセットに貿易をするのではなく、国王がキリスト教は布教しないと約束したから貿易できたのだけど、でもやっぱりキリスト教の国。

平戸に沢山の潜伏キリシタンがいることを幕府は知っていて、1637年に起こった島原の乱のこともあるから西暦のいちゃもんをつけて平戸からオランダ人を立ち退かせたのだと思います。
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[ 2017/07/15 06:27 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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