皇居東御苑をブラブラ

大きな玉ねぎを見た後に九段下から地下鉄に乗って溜池山王まで行こうと思ったけど、せっかくだからと皇居東御苑へ。
北桔橋門(きたはねばしもん)から入場しました。

そして最初に見えたのが、天守台。

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残念ながら天守は1657年に発生した「振袖火事」といわれる“明暦の大火”で全焼してしまって再建されていません。
どんな天守があったんでしょうね。

再建されなかった理由は幕府重臣の保科正之が
『戦国の世の象徴ともいえる天守閣はもはや時代遅れ、物見のためだけにしか用をなさず、むしろそれよりも江戸城に蓄えられた金銀は城下の復興に優先して使うべき』
と提言したからとされているそうです。
こんな政治家が今も居たら・・・と考えさせられました。

浅野殿、殿中でござる~

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忠臣蔵。
赤穂藩主 浅野内匠頭が吉良上野介を切りつけた場所です。
この場所に立派な廊下があったんだぁ。

そこからさらに進むと、石室とか富士見多聞とかが途中にあって櫓がありました。

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富士見櫓です。
天守閣が大火で焼失した後はこの櫓が天守閣に代用されたと伝えられていて、江戸城本丸の遺構として貴重なものといわれています。
将軍はここから品川の海や富士山を見ていたとか。

この櫓から東御苑出入り口の一つ「大手門」は近くです。
大手門の近くには番所がありました。

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同心が常時100人詰めていたところから『百人番所』と呼ばれるようになったといわれる建物で、全長50メートルあるそうです。
曲者が現れたら「であえ~、であえ~」って大騒ぎだったんでしょうね。

大手門入り口近くにも番所が。

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大手門は江戸城の正門だったのでここから大名が入城しました。その城に入ろうとする大名の監視を行なったのが番所の役目だったそうです。

暴れん坊将軍も番所の前を通って城下に出向いていたのかなあ(^^;
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[ 2017/03/27 06:37 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)
皇居は近いのに、なかなか行く気にならず
散歩コースにもなっていないのですが
桜が満開の頃に行ってみようかなぁ~
案外国会も行かない所で
近いと、わざわざ行かないもんですね
堪能してくださいね。
[ 2017/03/27 08:20 ] [ 編集 ]
ココモカさんへ
こんばんは。
近いと本当にいかないですよね。
熊本城なんて一年に一度行くかいかないくらいですから(^^;

せっかく近い皇居、ぜひ散策してください。
そろそろ桜も咲き始めたのではないでしょうか。
[ 2017/03/27 19:34 ] [ 編集 ]
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