ホタル館「富屋食堂」

知覧から出撃する特攻機を見送り続け特攻の母として慕われた「鳥濱トメ」が経営していた「富屋食堂」。

と見た食堂 (2)

と見た食堂 (1)

この建物は鳥浜トメと一緒に暮らしていた赤羽礼子の証言によって当時の場所に再現されたもので、内部には特攻隊員とのやり取りや遺品が展示されています。

トメさんは検閲を避けるため特攻隊員から家族宛の手紙を託され投函したそうです。さらに隊員の出撃の様子をトメさん自身が全国の家族に手紙を書いて送り続けたそうです。

どうしてここを「ホタル館」っていうんだろうと思っていて、館内の展示を見ていたらホタルに関するものがありました。

それは宮川三郎軍曹が出撃後ホタルになって戻ってくるよとトメさんに約束し、出撃した6月6日の夜に一匹のホタルがスーっと店内に入ってきたそうです。

店内にいた隊員たちが、「宮川さんだ、宮川さんがほんとうに帰ってきたんだ」っと・・・・。

そしてみんなで同期の桜を歌いながら泣いたそうです。

このホタル館は知覧特攻平和会館では受けることのなかったなんともいえない、心が締め付けられる感情がわきあがり涙が出ました。

こんな悲しい出来事も紹介されていました。

特攻隊員の教官だった藤井中尉は、教え子たちが特攻するのに自分が特攻に行かないことに耐えられず、何度も志願をしますが、その度に、却下されてしまいます。
そんな藤井中尉を見た妻は、夫の決意を知り、
『私たちがいたのでは後顧の憂いになり、思う存分の活躍ができないでしょうから、一足お先に逝って待っています』
と遺書を残して、入水自殺をたそうです。

こんな悲劇は二度と繰り返さないようにしなければなりませんね。
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[ 2016/12/09 06:36 ] 未分類 | TB(0) | CM(4)
知覧の平和館にはずいぶん前に行ったことがあります。若者たちが家族に宛てて書いた手紙を読んで胸がしめつけられました。でも、手紙の内容があまりにも見事というか立派すぎるとも思いました。あの当時、つらい、苦しいなどとは書けなかったのでしょうね。
島浜トメさんが秘かに投函してくれた隊員たちの手紙にはもう少し自由な心情が書かれていたのでしょうか。
こんなことは二度とあってはいけないのに、かけつけ警護などと言って今また、自衛隊員たちの命が脅かされているような気がします。
[ 2016/12/09 15:32 ] [ 編集 ]
広田弘毅の夫人も東京裁判開廷前に後顧の憂いなくと自死なさってます。
切実な時代、、
現代は、妻子を守らない男もいそうなのに、、
男が偉かった、そして支える女も。
[ 2016/12/09 18:34 ] [ 編集 ]
nobotanさんさんへ
こんばんは。
たぶん、トメさんいは本心を語っていたのではないでしょうか。
また知覧を訪れることがあったら平和館よりも富屋食堂に行ってみてください。
もっと戦争は二度とやってはいけないとあらためて思わされます。
[ 2016/12/10 19:36 ] [ 編集 ]
hippoponさんへ
戦後生まれの女性はもう少し昔の日本女性を見習って欲しいですね。
あ、男もそうです。
[ 2016/12/10 19:39 ] [ 編集 ]
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