鉄砲伝来の地 種子島最南端「門倉岬」

宇宙センターのある種子島。
でも種子島といえば鉄砲ですよね。
その鉄砲の伝来の地が種子島の最南端「門倉岬」です。

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天文12年(1543年)8月25日、台風の直撃を受けた船がここに漂着して鉄砲が伝わったと歴史で習いました。
この海に漂着したんですよ。
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ここからは屋久島が見えます。

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屋久島のほうが若干南にあるから屋久島に漂着する可能性もあったわけで、その場合は屋久島が鉄砲伝来の地になっていたんですね。

ところで鉄砲伝来は「南蛮船」が漂着して鉄砲が伝わったって多くの人は思っているのではないでしょうか。
僕もそう思っていました。

でも違うみたいです。「ポルトガル人を乗せた」船が漂着したんです。
明国(今の中国)の船に3人のポルトガル人が乗っていて彼らが鉄砲を日本に伝えたのだそうです。

門倉岬にはポルトガル人上陸の地があります。

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行ってみようかなと思ったのですが、この道は・・・・で止めました(^^; ハイ、根性なしです。

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先日記事にした日本初の鉄砲作製に悪戦苦闘していた八板金兵衛清定の娘「若狭」の悲しい物語。
彼女のおかげで日本で鉄砲が出来たのですが、その悪戦苦闘していた技術が「ネジ」の作製でした。

今普通に使っている「ネジ」という言葉は鉄砲を分解した種子島の鍛冶職人が「捻り(ねじり)」と名づけたことに始まるそうです。

いやあ、色々勉強になった種子島鉄砲伝来の地です。
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[ 2016/10/28 06:36 ] 屋久島・種子島 | TB(0) | CM(0)
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