安徳天皇を祀り、耳なし芳一の舞台「赤間神社」

源平最後の合戦で二位尼に抱かれ壇之浦にわずか8歳で入水した安徳天皇を祀るのが山口県下関市にある赤間神宮(あかまじんぐう)です。

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昨日のブログでも紹介した二位尼(平時子)の辞世の句
「今ぞ知る みもすそ川の 御ながれ 波の下にも 都ありとは」

この句は、幼い安徳天皇に
「海の底 にも素晴らしい都がありますよ」
と、言い聞かせた句だとか。

赤間神宮がまるで竜宮城を想像されるような建物になっているのは、第二次大戦で焼失した社殿を再建する際、こ句の意味をイメージたためだそうです。

赤間神社には平家一門の墓があります。

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ん?どうして神社に墓?

実は赤間神宮は阿弥陀寺という安徳天皇の霊を慰めるお寺でした。
それが明治時代の廃仏毀釈で神社となり、昭和15年から赤間神宮という名称になりました。

阿弥陀寺といえば、「耳なし芳一」の舞台です。

芳一は阿弥陀寺の盲目の僧で琵琶の達人。そして「平家物語」の弾き語りは師匠をもしのぐといわれていました。
その芳一が深夜外出を繰り返し、平家一門の墓の前で平家物語を奏でます。
それを見た寺の住職が芳一に憑いた霊を取り除くため、芳一の身体中に経文を書き綴りました。しかし耳に書くのを忘れたんですよね。
そして平家武将の霊が、お経が書かれていないために見える耳をちぎって立ち去ったっていう怪談です。

その耳なし芳一の堂が赤間神宮の境内、平家一門の墓のそばに建っています。

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耳なし芳一の弾き語りが聞こえてきそうですね(^^;

赤間神宮の本殿には沢山の観光客が参拝していましたが、この場所に来る人はあまりいません、というかBBが訪問した時は皆無。
なのでこの場所に立った時にちょっと背中がゾクっとしました(^^;

800年以上前の平家の霊が芳一の「平家物語」を聴きたくて浮遊していたのでしょうか?
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[ 2017/04/07 06:37 ] 神社 | TB(0) | CM(4)