まだ足が痛い

日曜日に縄文杉に行ったけど、まだ少し足が痛い。
特に右足のふくらはぎ。
無意識に右足を酷使していたんだろうなぁ。

以前熊本にある3,333段の日本一の石階段を上った時に一週間以上足が痛かったので、今回縄文杉挑戦した夜から活躍しているのが「バンテリン」(^^)

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これのおかげで日本一の石段を挑戦した時ほど痛みが続きません。
効き目があるんだなぁ、いやもしかしたら自分が若返ったのか?(^^;

さて3週間のリフレッシュ休暇も今日で終わり。
週明けから仕事だけど、バンテリンで右足ふくらはぎの痛みをそれまでに治すことにします。
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[ 2016/09/30 06:34 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

屋久島の名物「とびうお」

屋久島の名物は、柑橘類では「たんかん」。
そして海のものは「くびおれ」と「とびうお」。

「くびおれ」は屋久島で一本釣りされるゴマサバのことで、釣った後にすぐ首を折って血を抜き鮮度を保つことから、こう呼ばれています。
なんか残酷・・・。
でも脂身が少なく、身が締まっていて弾力がありとても美味しいのですが、今回は宿の料理に出なくてもう一つの名物「とびうお」が出されました。

とびうおconvert_20160928173608


唐揚げにすると広がった羽が印象的で今にも飛び立ちそうです。

そして、とびうおのマコ(たまご)も屋久島ならでは。

たまごconvert_20160928173734


これも美味しかったです。

屋久島では「とびうお招き」という催しが五月上旬から中旬頃にかけて行なわれ、婦人たちが歌を歌いながら、彩り豊かな飾りを付けた笹竹を沖に向かって振り、とびうおの豊漁を祈願するそうです。
こうやって祈るから、一年中とびうおがよく獲れるんでしょうね。

でももしまた屋久島に訪れる機会があったら「くびおれ」をいただきたいと思います(^^;
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[ 2016/09/29 06:35 ] 食べ物 | TB(0) | CM(4)

屋久島の農家御飯

屋久島でランチに何を食べようかと走行していたら「食事処」ののぼりが見えたので立ち寄ったのが「屋久島 農家の食卓 食彩なからせ」。

いただいたのは、「屋久島農家のうちごはん」。

農家ご飯

入店してメニューを見たら、 日替りの「おまかせ定食 屋久島農家のうちごはん」1500円のみでした。
料理が出てくるまでちょっと不満だったのですが・・・。

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ところが飛び込みで入った店でメニューが一つしかないことに不満だったのだけど、なんととても美味しい料理でした。

お店のことを調べたら、「食を通して島の農業や人の暮らしを知って、感じてもらいたい」そんな農家である店主の思いで始めた食事処だそうです。
自家産の旬のものを旬の時期に田舎味で提供する、これぞ屋久島の農家ごはん。

メニューにある
「かいのこ」は写真の右上にある煮付けで、屋久島では、お正月などに食べる料理だそうです。 具材・・・覚えてません(^^;

「かわひこ」は味噌汁の上にあるもので(ちょっと隠れているけど)、里芋のような芋ですがもっと粘りのある芋でした。
この芋は水からゆっくり時間をかけて茹でないと固くなったり型崩れしたりするので手間隙かかる郷土料理と店の方が言われていました。。
そして、屋久島ではここでしか提供してないそうです。

他に、トビウオのミンチやトビウオのたまごもなかなか食べられない料理で美味しかったです。
そしてパパイヤのチリソース、これ最高に美味しかった。

いきあたりばったりで入った店でしたが、美味しい郷土料理をいただけました。
旅行はこういう思いもしなかった出会いがあるから楽しいですね。
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[ 2016/09/28 06:13 ] 食べ物 | TB(0) | CM(4)

樹齢7200年 感動しました!

昨日、縄文杉に会ってきました。

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朝4時30分に宿を出発し屋久杉自然館へ到着が5時。
そこから荒川登山口行きのバスに乗るのだけど、大混雑で到着後3便目の5時40分発のバスに乗車。
そこから登山口までバスに揺られ約30分。

縄文杉へ登り始める前までに時間が・・・。

登り始めて5時間(途中休憩を結構とって)、なんか霊気が漂っているようでなんともいえない空間で、感動のご対面でした。

感動したなら、また行くか?
早朝出発して、宿に戻ったのは午後6時30分、歩数約4万歩、消費カロリー1500kca。
もういいかな(^^♪
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[ 2016/09/26 18:20 ] 屋久島・種子島 | TB(0) | CM(16)

縄文杉挑戦のためブログ休みます

実は昨日から鹿児島に来ています。
これから指宿に移動して「とっぴーろけっと」に乗船し屋久島へ移動。
そして明日「縄文杉」へ挑戦です。

明日の朝は4時?5時?とかの早朝出発で午後6時頃に戻り、さらに身体がガタガタと思うのでブログの更新を休みます。
多分明後日も無理かも(^^;

台風が発生したけど今回は北上しないようなので安心です。
天気は晴れの予報!でもそこは「一ヶ月に35日雨が降る屋久島」と呼ばれるようにどうだろうか?

とりあえず縄文杉に会ってきます。
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[ 2016/09/24 06:07 ] 未分類 | TB(0) | CM(9)

島原名物といえば

島原名物といえば「具雑煮」です。

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これじゃ何のことか分からないですね。
ふたを取ると・・

じゃじゃ~ん!

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餅で覆われていますが、この餅の下には、かまぼこ3種類、アナゴ、ごぼう、卵焼き、シイタケ、凍豆腐、れんこん、鶏肉、餅、しろ菜、春菊の13種類の具が隠れています。

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これらの具から出てる旨味が溶け込んだ出汁が最高の真夏でも美味しい具雑煮。

「具雑煮」は島原半島地域で正月やお祝いの席で食べられる雑煮のことです。
「具雑煮」の由来は、島原の乱のときに一揆軍の総大将「天草四郎」が大勢のキリシタンと原城に立てこもった際、農民達に餅を兵糧として貯えさせたことに始まります。
貯えた餅を山や海から集めてきた材料で雑煮を炊いて、およそ3ヶ月に渡って幕府軍との戦いに持ちこたえたのです。
この話を元に文化10年(1813年)、姫松屋初代の糀屋(こうじや)喜衛ェ門が味付に趣向をこらして生み出したのが「具雑煮」のはじまりと伝えられています。

そしてもう一つ、島原といえば「寒ざらし」

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「寒ざらし」は、小さな白玉団子を島原の湧き水で冷やし、蜂蜜などで作った特製の蜜をかけたデザートです。
島原は湧き水が豊富で大量の冷たい流水が身近にあり、それを利用して茹であげた白玉を冷やせたことから、島原の名物になったといわれています。

店によって蜜の味が違うのでいろいろな店を食べ歩くのもいいかも。

口の中でとろける上品な甘さと喉越しの良さが、温かい具雑煮を食べた後のデザートに最高(^^)
また食べに行きたいです。
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[ 2016/09/23 06:45 ] 食べ物 | TB(0) | CM(8)

鯉が泳ぐ町「島原」

ちょっと島原記事が続きます・・・。
長崎県島原市は「鯉が泳ぐ町」なんです。

鯉の町 (6)

でも商店街は閑散としています。

鯉の町 (4)

どこの観光地もそうだけどアーケード街が寂しいとなんだかなぁです。
ちなみに写真は金曜日の午後です。

でも鯉は元気に泳いでいます。

鯉の町 (5)

鯉の町 (12)


そして島原観光の拠点としてあるのが「鯉の泳ぐまち 観光交流センター」の『清流亭』です。

鯉の町 (15)


この施設は、市内観光の拠点として観光情報を提供してくれたり島原の名産品を販売しています。
さらに、 敷地内にある湧水を利用した池では色とりどりの錦鯉が泳いでいて、店内でもその姿を見ることができます。

鯉の町 (16)

床の下が池に通じて、透明の床から鯉を鑑賞できます。

島原市内を歩き回った後の憩いの場所ですね。
足元で泳ぐ鯉に癒されました。
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[ 2016/09/22 06:36 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

島原湧水庭園 「 四明荘」

長崎県島原市は「水の都」といわれ、湧き水が豊富で 市内に約60ヶ所の湧水ポイントがあります。
その湧水量は、1日に22万トン! すごいですよね。

その湧水を使った庭園、 湧水庭園 「四明荘(しめいそう)」があり無料で見学ができます。

庭園 (3)


昏々と湧き出る大小の池が3つあり、 1日約千トンの湧水量を誇ります。

庭園 (2)

庭園には松や楓などが植栽されていて観ているととても癒されます。無料で提供されるお茶をいただきながら 縁側に座って大きな鯉が泳ぐ庭園を観覧できます。

庭園 (1)

庭園 (5)

この湧水庭園は主屋が東西南北にわたって開放され四方の眺望に優れていることから「四明荘」と呼ばれるようになりました。
明治時代に建築された建物で大正初期に福岡県の久留米から僧侶を招いて美しい庭園を造ったといわれています。
座敷と庭園が一体となった景観は静寂な佇まいを醸し出していて、来訪者の旅の疲れを癒してくれます。

島原の町を散策する途中にここに立ち寄って、旅の疲れを癒す一時を過ごすのもおススメです。
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[ 2016/09/21 06:28 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

島原武家屋敷はリアル

島原城の近くに武家屋敷が残っています。
島原城が完成した1624(寛永元)年ごろ、外郭の西に接して扶持取70石以下の武士たちの住宅がかたまって建設され、戦いのときに鉄砲を主力とする部隊の住居でした。
そのためこの界隈を鉄砲町と呼んでいます。

武家屋敷 (3)

鉄砲町は最初、下の丁・中の丁・古丁の三筋だけでしたが、新たに上新丁・下新丁・新建の三筋が作られ、さらに幕末に江戸丁が造られたそうです。
現在保存されているのは「 下の丁」の武家屋敷で、延長406.8メートル、幅長5.6メートルの町並みです。
全国にある数多くの武家屋敷通りが舗装されていたり石畳になっていますが、ここは土のままでリアルです。

武家屋敷 (8)

通りの中央に流れるのは、豊かな湧水を引いたもので当時は生活用水として大切に利用され、水奉行を置いて厳重に管理されていたそうです。
今でもこの通りに住む住民の一部はこの水を有効活用しているようです、たぶん。
なぜならバケツで水を汲んでいる住民を見かけたから。

この武家敷通りでは、山本邸、篠塚邸、鳥田邸の3邸が一般開放されています。
それもなんと無料で。
およそ90坪の敷地に25坪ほどの藁葺き家屋を建て、庭には藩の命令で四季の果物を自給できるようにと梅や柿、枇杷などの果樹が植えられていたそうです。

そして、中を見学して一瞬ドキっとしたのが人形。

武家屋敷 (1)

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武家屋敷 (7)

武家屋敷 (6)

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リアルです。

有料の武家屋敷でもここまで凝ったものは数少ないのではないでしょうか。
細部にわたって工夫され、当時の武家生活の様子が偲ばれる本当にリアルな武家屋敷です。
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[ 2016/09/20 07:01 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

長崎県島原市にそびえ立つ島原城

島原城は1618(元和4)年から数年の歳月をかけ「松倉重政」(悪政を行なった領主)によって築かれた城です。
安土桃山様式を取り入れた壮麗な城でしたが明治維新に取り壊されてしまいました。

石垣と掘は当時のまま残っていて、そこに昭和の時代になって築かれたのが現在の城です。

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青い空に白い天守閣がよく映える城


館内は資料館になっていて、島原といえば「島原の乱」を代表するように「キリシタン史料」をはじめとして「郷土史料」や「民俗史料」が展示されています。

そびえ立つ35mの高さがある五層の白色総塗込みの天守閣は圧巻です。

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美しい石垣は400年前の姿をそのまま残していて、城を囲う堀には蓮がびっしり。

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島原を代表する建物ですよね。
400年前の築城当時、この素晴らしい城を築くのに数多くの人夫が動員されました。
松倉重政はたかだか4万3千石の大名なのに10万石の城に匹敵する分不相応な城を築いたのです。
そのため領民から高い年貢を取り立て、さらに幕府への忠誠を示すため、禄高に見合わない規模の江戸城改築を請け負い、それらの費用を捻出するためにさらに過酷な搾取を領民からおこなったのです。

そして、松倉重政の行なったもうひとつの特筆すべきことは惨いキリシタンへの弾圧。
雲仙地獄での拷問や、処刑、キリシタンには顔に「吉利支丹」という文字の焼き印をするなど、とんでもない領主でした。

松倉重政は57歳で急死するのですが、あまりの悪政を見かねた幕府による毒殺説や、罪のないキリシタンたちを責め殺したために狂死したなどの噂があります。
そんな彼が築いた城、領民の苦しみがどれほどのものだったかを感じながらこの美しい島原城を見学してみてはいかがでしょうか。
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[ 2016/09/19 06:58 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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