小浜温泉からの夕景

長崎県の島原半島の西、橘湾に面した潮風香る小浜温泉、ここからの夕景は素晴らしいです。
小浜温泉の背後にある雲仙温泉が山であるのとは対照的に、朝から夜にかけて刻々と表情を変える橘湾の風情が旅の疲れを癒します。

放浪の俳人で知られる種田山頭火も、長崎からの旅で道中ことごとく宿泊を断られ、この小浜に到着したそうです。
  「一杯元気でここまで来た 行程五里」
の句が残っていますが、橘湾に沈む夕景を観て疲れも癒されたのでしょうか?

IMG_8367 (640x427)


歌人の斎藤茂吉は、
「ここに来て落日を見るを常とせり 海の落日を忘れざるべし」
と橘湾に沈む夕日を観て歌を詠みました。

IMG_8379 (640x427)

斎藤茂吉や山頭火が訪れた時代から時は経ち、住む人達も変わっただろうけど、小浜温泉の湯と橘湾は変わらない姿を旅人に見せてくれます。
きっと二人も落日した小浜温泉の空を見上げていたのでしょうね。

IMG_8385 (640x427)

穏やかな海、そしてなんともいえない夕景は今も変わることがありません。
ただ当時と違うのは、多くの外国人観光客が風景を楽しんでいることかなぁ(^^ゞ

IMG_8390 (640x427)


茜色に染まる空を観ながら、俳人や歌人がこの同じ風景を見ていたのだなぁと思うのも旅のだいご味ですね。

夕日が沈み終わると、まだ青さが残る空に月が輝いていました。
 
IMG_8389 (640x427)

旅というのはいつも感動を与えてくれます。
POI
スポンサーサイト
[ 2015/06/30 06:39 ] 未分類 | TB(0) | CM(6)

日本一の足湯

長崎県雲仙市小浜町にある小浜温泉(おばまおんせん)。
島原半島の西側にあり、橘湾に臨む風光明媚な温泉地でリウマチや神経痛に効果のある温泉です。

IMG_8354 (640x427)

アメリカのオバマ大統領が大統領に初当選した時「オバマ」というのが同じなので、選挙の翌日に勝利記念式典を行い、数日間小浜温泉立ち寄り湯半額セールを行なったそうです。

雲仙普賢岳が噴火した時などは全く影響がないにもかかわらず客数が減少したことなどもあり、町おこしの一つだったのでしょうね。

そしてその町おこしの一つとして、「ほっとふっと105」ができました。

IMG_8355 (640x427)

IMG_8357 (640x427)

小浜温泉の源泉温度が105℃であることにちなみ、平成22年2月2日に105mの日本一長い足湯を完成させたのです。

ここには足湯の他、ウォーキング足湯、ペット湯と様々な足湯があり、足湯のそばには海の幸や地元野菜を自分で蒸すことが出来る温泉蒸しもあります。

IMG_8356 (640x427)

IMG_8359 (640x427)

IMG_8361 (640x427)

そして小浜といえば橘湾。

IMG_8358 (640x427)

この景色を見ながら、蒸し釜で蒸した美味しい食べ物を食べながら足湯に使って過ごす一時は最高でしょうね。

ただ、この日は眺めのいい足湯の場所は大陸からのお客様に占領されてしまっていました(^^ゞ
POI

[ 2015/06/29 06:44 ] 未分類 | TB(0) | CM(6)

ビネガーレストラン 時季のくら

久しぶりに福岡県の朝倉にあるビネガーレストラン時季のくらに行きました。

032 (640x480)

031 (480x640)



店内ではいろいろな酢の加工食品が販売されていて、試食や試飲ができます。

011 (478x640)

実は一週間前に予約の電話をしたのですが、予約はいっぱいということで、11時開店の前に到着するように家を出ました。
自宅からレストランまで高速道路を利用し約1時間です。開店前10分くらいに到着したのでレストランへはすぐに入ることが出来ました。
12時くらいに食事が終わり帰ろうとしたときは、空席待ちのお客さんで列が出来ていました。
予約が出来なくても開店時間前に行けば待たずに食事はできると思います。

そしてオーダーしたのは、ビネガーコースBです。
連れ合いは時季のくらコース。

015 (478x640)
食前酢 あまおう(福岡の苺の高級品)をミックスした酢
どのコースにもつきます
018 (480x640)
前菜(どのコースも同じ)
020 (478x640)
カンパチのカルパッチョ(ビネガーコースB)
024 (478x640)
メインのイトヨリ鯛のグリル アンティボワーズソース
ビネガーコースB
027 (640x478)
焼きいなり(ビネガーコースB)
029 (478x640)
デザート
(ビネガーコースB)

酢づくり300年の庄分酢が運営するレストラン時季のくら、ここで食べる料理は本当においしいです。
メニューは他にビネガーコースA、パスタランチ、黒酢カレーランチがあります。

体にいい酢をベースに、でも、料理はそんなに酢の味を感じません。
とても美味しい料理と周囲の自然の景色を感じながらいただくランチはとても美味しかったです。

熊本にもこういうレストランがあればいいなぁと思いました。
高速を利用し1時間、来る価値はあると思いますが、やはりちょっと遠いかな(^^ゞ
POI
[ 2015/06/28 01:07 ] 食べ物 | TB(0) | CM(10)

隠れキリシタンと雲仙地獄

島原で悪政を行った島原領主松倉重正。
57歳で狂死するのですが、その要因がキリシタン迫害の祟りだといわれています。

その松倉重正が始めたのが雲仙地獄でキリシタンを拷問して死に追いやることです。
雲仙地獄にはここで殉教したキリシタンの碑が建っています。

IMG_8345 (640x427)

残念なことにこの碑に立ち寄る観光客はほとんどいませんでした。
十字架のそばにある殉教碑には、
沸々とたぎり轟々と噴騰する硫黄地獄、1627年から5年間ここで行われた “雲仙地獄の殉教”は早くから海外にまで知られて人々の胸をゆすぶった。 或は硫黄涌き立つ湯壺に投せられ、または全身に熱湯を注がれながら屈せず、 信仰に殉じたもの数十名。 “身体を殺して霊魂を害し得ないものを恐れるな”との聖訓を奉し、 神への忠誠と霊魂の尊厳とを重んじて、 拷問と死とに打ち克った聖なる殉教者たちの誉れは永くここに留まる。 1961年11月5日 カトリック長崎大司教区 【キリシタン殉教記念碑より】
と書かれています。
IMG_8347 (640x427)

実際に、1627年2月28日、16人のキリシタンが初めて雲仙地獄の熱湯をかけられて拷問を受けました。
その中には婦女子もいたということです。
キリシタンの人々は熱湯をかけられても、声をだして祈り、賛美歌を歌ったそうです。
そのため、役人は拷問のさいに猿ぐつわをはめ、声を出させないようにして熱湯をかけ拷問したということです。

こうやって多くのキリシタンが雲仙地獄で死んでいきました。

また、1629年には、長崎奉行が松倉重正の勧めで長崎の牢にいる64人(内27人は女)キリシタンたちを雲仙に連れてきました。
その中の洗礼名をイザベラという婦人は、裸にされ手足を縛られ、そして地獄の憤気口の側の石の上に立たされて熱湯をかけられたりしたそうです。
役人が
「キリシタンを捨てないなら、10年でも20年でもこの責めをつづけるぞ」と言ったとき、イザベラは、
「10年、20年は束の間のこと、100年でも私が生きている間はこの責めをしのぎまする。」
と言ったそうです。

当時のキリシタンの信仰心というのは強力だったんですね。

このように1627年から続いた隠れキリシタンへの地獄責めは、どんなに苦しい拷問をあたえても信仰を彼らから奪うことが出来ないことを証明しました。そして、松倉重正が狂死した翌年をもって中止されたのです。
やはり、祟りをおそれたのでしょうか?

それから400年弱が過ぎた現在、雲仙地獄を訪れる観光客の何人がキリシタン迫害があったことを知っているのでしょうか?
POI
[ 2015/06/27 07:08 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

雲仙と地獄

長崎の島原にある雲仙温泉。
雲仙温泉が開かれたのは701年ということで、とても古い温泉です。
幕末には吉田松陰も訪れ、またシーボルトらによって海外へも広く紹介されたそうです。

IMG_8353 (640x427)

雲仙温泉がある雲仙は、1934年(昭和9年)に日本初の国立公園に指定されました。

その雲仙温泉の観光スポットが雲仙地獄です。

IMG_8334 (640x427)


地獄とは仏教の教えで前世の悪業の報いを受ける所ですが、雲仙地獄には至る所からシューシューと高温の噴気が噴出し、その噴気の最高温度は120℃にも達するそうです。
そして、いたるところに高温の湯たまりがあり、強い硫黄臭が漂う、まさに地獄そのものです。

IMG_8338 (640x427)

ここには、大叫喚地獄やお糸地獄などいろいろな名前がつけられた地獄が30あまりあります。

IMG_8342 (640x427)
大叫喚地獄

大叫喚地獄とは、生前に殺生・盗み・不貞・飲酒・妄言の罪を犯したものが落ちる地獄です。
この雲仙の大叫喚地獄は、雲仙の中でもっとも活発な地獄で、ゴウゴウと鳴り響く噴気音が地獄へ落ちていく亡者の呵責の激しさに大声で泣き叫ぶ声に聴こえるということから、この名前がつけられたそうです。
怖いですね~。

そして、お糸地獄。
IMG_8339 (640x427)

IMG_8340 (640x427)
お糸地獄

名前の由来は、
島原城下で裕福な生活をしていたお糸という女が、密通をしたあげく、夫を殺してしまい処刑されました。
そのころ、この地獄が噴き出したので、 「家庭を乱すと地獄に落ちるぞ」 という戒めを込めて、この名前がつけられたといわれています。

四方に広がる雲仙地獄、まさに人が持っている八万四千の煩悩 によってなされた悪行の果てに落ちる地獄の有様だと思います。

煩悩にまみれて雲仙地獄に入るよりも、煩悩を捨てて雲仙温泉に入った後に冷たいビールを飲むほうがいいなぁ。
ん?これも煩悩ですね(笑)
POI
[ 2015/06/26 07:02 ] 未分類 | TB(0) | CM(4)

430年前の梅干し

大分県の大山町にある「木の花ガルテン」には喫茶室やパン屋さんの他に「梅蔵物産館」があります。

031 (480x640)

この物産館に入ると左手になんやら怪しげな(^^ゞ入り口が・・・。

030 (480x640)

この入口を入ると階段がありそれを下っていきます。

029 (480x640)
階段の下から

そこはなんと梅の蔵。
ここで使われている石は全て中国蘇州呉県から運んだ石だそうです。
梅干しの原型は中国から伝わったから中国産の石を使っているのでしょうかねぇ?

025 (480x640)

これら梅の入っている瓶も圧巻ですが、なんと、420年前の梅干しがあるのです!

020 (480x640)

022 (640x480)

ん?説明書は「平成4年」って書いてあります。
ってことは、450年前の梅干しなんですね!
食べられるのかなぁ?

なんとなく、梅干しっていうよりもドライフルーツっぽく、食べたら甘いような気がします(^^ゞ

この日本最古の梅が展示されている梅の蔵、ここでは時々「梅蔵コンサート」も開かれるそうです。
梅を味わいながら聴くのかなぁ?

026 (640x480)

また、4年に一度、全国梅干しコンクールも開催されています、
前回、平成23年に行われたコンクールには全国47都道府県、1221点の作品が出品されたそうです。
まさに、梅干しのオリンピックです。
今年も第7回のコンクールが行われます。

027 (640x480)

「梅栗植えてハワイへ行こう」
を合言葉にすすめてきた大山町の町おこし。

いまや、梅干のオリンピックも開かれる町となって、町おこしも成功したようです。
農家の皆さん、ハワイへも梅干を持って行って朝ごはんを食べたのかなぁ?
でも、税関で見つかると説明に困るんですよね、梅干。
だけど450年前の梅干ならドライフルーツといってすんなり通してもらえるかも(^^;
POI
[ 2015/06/25 06:52 ] 未分類 | TB(0) | CM(12)

木の花ガルテン

大分県日田市大山町を通る国道212号沿いにあるのが「木の花ガルテン」です。

038 (480x640)

「道の駅」?って思うのですがそうではなくて、大山町農協が運営する、大山で採れた農産物や農産加工品を販売する店です。
朝、畑でとれた野菜などが店頭に沢山並びます。

今の季節は梅の時期ですね。
先日訪れた時はいろんな農家の方が収穫した梅が所狭しと陳列されていました。
もちろん紫蘇も。

040 (480x640)

041 (480x640)

ほかに鉢植えなども沢山販売されています。
039 (480x640)

売店のほかに喫茶室やパン屋さんもあります。
034 (480x640)
咲耶木花館(さくやこのはなかん)

この喫茶室の「きのこカレー」は、雑誌「ダンチュー」で嵐山光三郎さんにより 日本のベストテンに選ばれたそうです。
その他、 自家製のパン、キノコを使ったピザなどを食べることが出来ます。

パン屋さんは、「 田苑 DEN-EN」という名の焼き立てパン屋さんです。

036 (480x640)

035 (480x640)

「田苑 DEN-EN」の由来は、

田=自家栽培する古代米の田んぼ
苑=麦・果樹・野菜・花などが植えられている畑
DEN-EN=ベートーベンの「田園」

のどかでどこか懐かしい心地良い農村風景を想像してもらいたいという発想のようです。

さらに「EN」にはいくつもの願いが込められていて、

縁=都市生活者及び取引先、友人、知人それぞれのご縁のありがたさ
円=まるいこと、団欒、心のふるさと
艶=風情あるさま。艶やかで魅力的な農村
宴=うたげ、楽しむ、祭りのはじまり
炎=もえる心

木の花ガルテンに関係ある農業者たちの思いを込めて、じっくり焼き上げたパンを届けてくれるそうです。
その焼き立てパンを買ってないという・・・・(^^;

ところで「ガルテン」ってどういう意味?
もともとは、ドイツ語の「Kleingarten」からきているのですよね。
日本語では「小さな庭」って訳せますが、木の花ガルテンは、小さな農家が集まった大きな市場っていう感じですね。

黒川温泉や杖立て温泉、日田温泉や天ケ瀬温泉にも比較的近いから温泉旅行のついでに立ち寄って旬の野菜や加工品をお土産に買うのもいいかもしれません。
僕は今回、柚子胡椒を買いました。
POI
[ 2015/06/24 07:00 ] 未分類 | TB(0) | CM(10)

ギロチンと呼ばれた諫早湾潮受け堤防

1997年4月14日、「ギロチン」と呼ばれた潮受け堤防の水門が閉じられ、諫早湾の潮の流れが止められました。
その「ギロチン」の場所は今は堤防になり道路となっています。

IMG_8306 (640x427)
右が有明海、左が干拓地側
IMG_8310 (640x427)
これは右が干拓地側

この道路は、「ギロチン」から約10年後の2007年11月20日に完工し、12月22日午後5時に開通しました。
全長7kmです。

IMG_8312 (640x427)

潮受け堤防には南側と北側に2か所の水門が儲けられています。

IMG_8307 (640x427)
北側水門


この水門閉鎖により潮受け堤防内側は有明海から完全に分離され淡水化され調整池となりました。
調整池は農業用水源として使用され、調整池の水は水位が海面から20cm高くなると有明海に放出されるようになっているそうです。
この日も大量の水が放出されていました。

IMG_8309 (640x427)
調整池から有明海へ放出

干拓地の方を見ると煙が上がっていました。
たぶん農地で草などを焼いていたのだと思われます。

IMG_8313 (640x427)

実はここを訪れる前まで、もっと有明海側に農地が広がっているように思ったのですが、調整池が思いのほか広かったので驚きました。

この潮受け堤防の構想は、60年以上も前の1952年、当時の長崎県知事が長崎県の平地を広げることと当時の食糧難を解決するために「長崎大干拓構想」として発案したのが始まりだそうです。
そして、当初の計画では諫早湾11000haを締め切って巨大な干拓地を造るものだったそうですが、予算の関係で規模を1/3に縮小したということです。
(縮小できるなら作らなくてもよかったような・・・・)

この諫早湾干拓事業は、失敗知識データベース「失敗百選」において公共事業(建設事業)での失敗例として事例提供されているそうです。

この事業が原因で、有明海の二枚貝のタイラギが全滅したと言われ、また有明海苔の変色なども一時期ニュースになりました。
全ての漁業被害がこの堤防のせいではないのでしょうが、何らかの因果関係はあるかもしれません。
そして現在、漁業者は開門要求をしていますが、開門と言っても2か所しかない水門の開門です。潮受け堤防がなくなるような開門ではないのでどれだけ調査が出来るかも不明でしょう。

いずれにしても自然を破壊したことは確かです、人間のエゴのために。
POI
[ 2015/06/23 07:03 ] 未分類 | TB(0) | CM(6)

道の駅 みずなし本陣ふかえ

島原半島の有明海沿いにある国道251号を南島原市から島原市へと北へドライブしていると、国道旧道沿いの島原市街地に入る手前に道の駅があります。
それが「みずなし本陣ふかえ」です。

IMG_8286 (640x427)

ここからは真正面に1991年に大噴火を起こし火砕流等で甚大な被害を出した普賢岳が見えます。

IMG_8296 (640x427)

IMG_8295 (640x427)

この道の駅が他のそれと違うのは、被災家屋の保存公園になっていることです。

IMG_8287 (640x427)

1991年に噴火した普賢岳の噴火による土石物が水無川に堆積していました。
その土石が翌年1992年の8月の大雨で土石流となり水無川にそって流れてきたのです。
その土石流の被害にあった家屋を当時の状況のまま保存公開しています。

IMG_8288 (640x427)

IMG_8290 (640x427)

IMG_8291 (640x427)

IMG_8294 (640x427)

この道の駅周辺は約3mほど土石で埋没したそうですが、土砂流のスピードが遅かったため家屋の倒壊はせず土石に埋もれたようです。
なお住民は前年の普賢岳噴火以来避難をしていたので無事でした。

最近はいたるところで火山の噴火が起こっています。
噴石による被害だけでなく、大雨による噴石が流れて起こる被害も注意しないといけないですね。

口永良部島の噴火活動が早く沈静化することを祈ります。
POI
[ 2015/06/22 07:02 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

仁田峠第二展望所

雲仙の「仁田峠循環道路」は一方通行です。
昨日記事にしたロープウェイがある「仁田峠」の手前に「第二展望所」がるので、ここには必ず立ち寄ってほしいです。

IMG_8317 (640x427)


なぜなら雲仙普賢岳を展望するなら仁田峠よりもこの「第二展望所」がお勧めだからです。

IMG_8314 (640x427)
平成新山
IMG_8320 (640x427)
噴煙を確認できます
普賢神社
普賢神社崩落場所

ロープウェイがあるし駐車場も広いのでみなさん、仁田峠を目指しますが、こちらの展望所の方が眺めが良く、普賢岳の噴火でできた平成新山や島原の市街地も望むことが出来ます。

IMG_8319 (640x427)
島原市街


さらに条件がいいと、九重連山や阿蘇、さらに祖母山も見ることが出来るようです。

IMG_8318 (640x427)


仁田峠を目指していったはいいけど市街地や普賢岳がよく見えないとなっても一方通行なので引き返すことが出来ません。
もう一度いきたい場合は、また一周しないといけないのです。
今は無料になった道路だから時間があればいいですが・・・(^^;

第二展望所を存分に堪能する事をお勧めします!
POI
[ 2015/06/21 07:00 ] 未分類 | TB(0) | CM(6)