台湾に行ってきました

先週、金曜日から2泊3日で台湾旅行をしました。
宿泊は2泊とも、台北です。

出発前に調べた天気予報は連日「雨」でしたが、幸か不幸か雨は降らずとても暑い台北の滞在でした。

「近くて遠い国」という言葉がありますが、台湾は「近くて近い国」。

親日家が多いし、食べ物も大陸に比べれば安心して食べられるし、治安も比較的いいし。
福岡空港から約2時間のフライトです。

今、上野の東京国立博物館で「台北 故宮博物院展」が行われていて、あの有名な翡翠を彫刻してつくった白菜が東京に来ているようですね。

僕は置物の白菜より食べるほうの白菜が好きなので、台湾で食い倒れてきました(^^ゞ

食べ物は美味しい匂いに誘われてカメラより箸が先にすすみ、写真を撮り忘れたりしたけど、小籠包、刀削麺等の食べ物のことや、千と千尋の神隠しのモデルとなった「九份」のことなど、また報告していきます。
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[ 2014/06/30 07:09 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

阿蘇 水基巡りの道

「阿蘇水基巡りの道」は、阿蘇神社の横参道に商店街があり、あちこちの店の前に美味しい水が沸き起こる通りです。
この湧水がある場所を「水基」と呼び、この「水基」を巡ることがこの通りで出来るのです。

水基通り

水基通り2

現在二十箇所ある水基には、銀行の敷地にあるので『金運の泉』、銀行の金庫室の下から湧きでるから『金脈の泉』、小学校の近くにあるから『学業の泉』、さらさらと流れる水の音が心地よい『妙音の泉』などなど、それぞれ水基を管理している商店などにちなんだユニークな名前がつけられています。
現在も整備されながら数は増えていくそうです。

水基通り3
湧水でラムネを冷やしています
水基通り4
金脈の泉
飲むと金運アップ間違いなし!(^^ゞ

水基通り6
水につけると言葉が浮き出る、おみくじ
小さい手ぬぐいがついてます
水基通り7
妙音の泉
見ていると癒されます

阿蘇神社には、年間約30万人の参拝客が訪れるそうですが、以前はこの商店街に参拝客が立ち寄ることは少なく寂しい通りだったそうです。
そこで、参拝客を商店街に呼び込もうと住民が日頃使っている湧水を参拝客にも楽しんでもらために整備しました。
その甲斐あってか、今ではたくさんの人がこの通りに来ています。

ここに沸き起こる水は、ちょうど商店街の真ん中から右側と左側で、軟水と硬水に分かれているということで、水基によって味がそれぞれ違うそうです。
阿蘇神社参拝のあとの喉の乾きを潤すのに、いろいろな水を試してみるのもいいですね。

水に飽きたら湧水で冷やしたサイダーをどうぞ。

水基通り5
金脈の泉で冷やしたサイダー
金運が移っているかも(^^)

ろいろな水基の水をいただきながら、色々な商店を覗いてみたり、食事をしたり。
阿蘇神社でパワーをもらって、ここでは水のパワーをもらって、きっと楽しい時間が過ごせると思います。
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[ 2014/06/26 07:09 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

阿蘇神社

熊本県阿蘇市にある「阿蘇神社」です。

神武天皇の孫・健磐龍命(タケイワタツノミコト)をはじめ十二神が祭られています。

この、健磐龍命(タケイワタツノミコト)は「国見ケ丘」等の高千穂の神話でもよく登場します。

国見ケ丘に立った健磐龍命は、阿蘇五岳を眺め、その周辺に土地を開こうと決意したのです。
高千穂から阿蘇に向う途中に馬見原の地で幣を立てます。これが今の「幣立神宮」 。
そして高森峠に向う途中、阿蘇都姫と結ばれます。その地が今の草部吉見神社です。そして高森峠へ。

古代、阿蘇の谷はカルデラ湖になっていて、満々と水を湛えているため農耕には適していませんでした。
そこで、健磐龍命が外輪山の一角を蹴破って水を流し農地を開拓したという神話が残っています。

さてそんな神話に多く登場する健磐龍命を祀る阿蘇神社ですが、全国でも珍しい「横参道」です。

阿蘇神社5
鳥居の向こうには社殿がない横参道

参道の南には阿蘇五岳、そして北には国造神社があります。
この南北を結ぶ線上の間にある阿蘇神社を結んで、聖なるラインという人もいるそうです。

この参道の右側に社殿があります。
社殿の前に、楼門があり、これは「「日本三大楼門」の一つで、神社では珍しい二層楼山門式という仏閣の様式で建てられています。

阿蘇神社
大楼門 国指定重要文化財

阿蘇神社2
拝殿


拝殿の右側に、古代より神石として伝承保存されている「願掛け石」があり、石に3回なでてから、願い事を唱えると願いが叶うそうです。
そして同じく右手にあるのが、縁結びの松 です。
男性は左から2回、女性は右から2回まわるとご利益があるとされています。

阿蘇神社4
小さい鳥居の場所が「願掛け石」
その右手にあるのが「縁結びの松」


近年パワースポットとして人気の阿蘇神社。
神話と共に古代阿蘇のロマンに思いをはせながらパワーを感じてみてはどうでしょうか。
パワーをもらった後には是非「水基通り」を散策しましょう。
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[ 2014/06/25 06:56 ] 神社 | TB(0) | CM(0)

ビネガーレストラン 時季のくら

先日、福岡県朝倉市杷木にある、「ビネガーレストラン 時季のくら」に行ってきました。
熊本から高速道路使用で約1時間10分。
ちょっと距離がありますが、今年2回目の訪問です。

時季のくら


時季のくら玄関
玄関です

玄関を入ると多数の酢関連の商品が陳列されています。
お客さんが多くて写真が撮れなかったので、時季のくらさんのHPから商品が陳列されている部分の写真を借用しました。

tokinokura_4.jpg
沢山の酢関連商品があります。
レストランが満席の場合、ここで待ちます。


今回は「時季のくらビネガーコースB」をいただきました。
他には「時季のくらビネガーコースA 3800円」、「時季のくらランチ 2000円」、「パスタランチ 2000円」、「くろ酢カレーランチ 2000円」があります。(2014年6月現在の料金)

テーブルに案内されると、「食前酢」が用意されていました。
これは日によって銘柄が変わるようで、この日は「ぶどうの飲む酢」でした。
さっぱりした口当たりでとても美味しかったです。

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食前酢(酒ではないです(^^ゞ)

時季のくら前菜
前菜8種類盛り合わせ
時季のくら鰹
枕崎産鰹のたたき
(十四代目ぽん酢を使用)
時季のくらイサキ
イサキのポワレ
プロヴァンス風
時季のくら寿司
ちらし寿司とお吸い物
時季のくらデザート
デザート


味は前回同様とても美味しかったです。
そして、前回もそうでしたが、スタッフによる料理の絶妙なタイミングのあげさげ。
言い方は悪いですが、こんな田舎にこんな素敵なレストランが、と驚かされます(^^ゞ

さて、この「ビネガーレストラン 時季のくら」ですが、運営は福岡県大川市にある創業300年の株式会社庄分酢が行っています。
その庄分酢が、平成21年4月から朝倉市杷木林田にて食酢の仕込みを始め、その酢蔵に隣接してオープンしたのが「時季のくら」です。

最近血圧上昇予防に黒酢を飲んでいますが、ここで買った黒酢は大手メーカーが売っている黒酢とまったく味が違います。
まろやかなんです。
手間もかかり時間もかかる、昔ながらの製法を300年間守り続けられた手法で出来た酢は、本当にまろやかだと飲み較べてわかりました。

このような酢を利用した料理が提供される「時季のくら」、また訪れてみたいと思います。
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[ 2014/06/24 06:47 ] 食べ物 | TB(0) | CM(4)

今日も大雨 水害がないように祈ります

日本各地では毎年梅雨時期になると豪雨でいろいろなところで水害が起こっています。
これも自然が起こすことで、人間にはどうすることもできません。

その水害の痕跡を残すのが、臼杵の「深田の鳥居」と「仁王像」です。

臼杵石仏の里である深田の入り口に、田んぼの中に埋まった鳥居があります。

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この鳥居は、 土中から出ている部分が高さ3m20cmで、近くの臼杵川の氾濫などによる大きな水害によって次第に埋まっていったものだと考えられています。
鳥居の形態や石組みの技術などから制作年代は、鎌倉時代か室町時代のものとみられるそうです。

この鳥居から数百メートル離れた場所に、これもまた水害によって埋まったと考えられる満月時の仁王像があります。

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吽形(うんぎょう)仁王像

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阿形(あぎょう)仁王像


二体とも膝から下が地中にあるために、全体の高さがどの位なのか知ることはできませんが、おそらく2m前後の高さがあるものと思われます。

地元の言い伝えによると、村に疫病が流行った時、村民は仁王像の鼻を削り、それを煎じて飲むと治るということを信じて、盛んに鼻を削ったため、二体とも鼻がなくなってしまったといわれています。。
この仁王像の作製年代は鎌倉時代の終わり頃から室町時代の初め頃と推定されていて、国指定特別史跡になっています。

梅雨はまだまだ続きます、毎年この時期は各地で豪雨による被害が出ています。
今年は、これら鳥居や仁王様が埋まるような水害が出ないことを祈ります。
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[ 2014/06/22 06:47 ] 大分 | TB(0) | CM(0)

臼杵 稲葉家下屋敷

関ヶ原の戦い後、1600年から270年間に渡り臼杵を治めていた稲葉氏。
この稲葉家下屋敷は、廃藩置県後、東京に移住した稲葉家が、臼杵に里帰りした時の屋敷として明治35年に建てられました。

稲葉邸近くの市営駐車場に車を停め、鯉が泳ぐ堀がありそこに屋敷が立っています。
(この稲葉邸の入場料を支払う時に駐車券を提示すれば1時間無料です)

稲葉邸
稲葉邸2

建築は明治に入ってからのものですが、武家屋敷の様式を色濃く残しています。

隣接する建物に、「旧平井家住宅」があり、この家は安政6年(1859)に建てられた武家住宅です。
臼杵では上級武士の住宅であり、客人用の「表玄関」、家人陽の「内玄関」に別れている玄関などがあります。

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左が「内玄関」、右が「表玄関」
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稲葉邸は一時期、料亭として使用されていたそうです。
現在は、「茶房 下屋敷」がオープンしていて、屋敷内の好きな場所でコーヒーなどをいただくことが出来ます。

稲葉邸5

こんな縁側に座って庭園を見ながらお茶をいただくのもいいかもしれませんね。

稲葉邸3

一面に芝が植えられ、松やツツジなど四季を感じる美しい日本庭園です。
予約をすれば庭園を眺めながら「黄飯」や「きらすまめし」といった臼杵の郷土料理がいただるようです。

稲葉邸4

洋風の建物が好まれる日本ですが、こういう純日本家屋の畳の上で、部屋を吹き抜ける風を感じながら古き良き日本文化に思いをはせるのもいいですね。
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[ 2014/06/21 06:59 ] 大分 | TB(0) | CM(0)

大分県臼杵市 臼杵城趾

大分県臼杵市って知らない人が多いかなぁ。
ふぐ料理が有名です。
そのふぐ料理の店山田屋があります(小室さんの奥さんの実家)

その臼杵は、キリシタン大名で知られる大友宗麟が、1556年に代々受け継がれていた府内(現大分市)を離れここ臼杵に城を構えます。
イエスズ会修道士アルメイダは、
「よりいっそう安全をはかるために新しい城に引きこもりました」
と記録しています。

臼杵城は、臼杵湾に浮かぶ丹生島(にうじま)に築かれた海城でした。

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赤い部分が島。現在、周囲は埋め立てられています


城があった島は埋め立てにより陸続きになっていて、今は臼杵公園として整備されています。
埋め立てられた部分は人家が建ち並び、かつての海城の面影はありません。

臼杵城


城跡には大門櫓が復元されています。

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大門櫓


天正14年(1586年)、この臼杵城に、薩摩から島津軍が迫ってきて、最大の危機が訪れます。しかし、宗麟は、ポルトガルから輸入していた当時の大砲「国崩(くにくずし)」で島津軍を撃退したといわれています。

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「国崩」のレプリカ


宣教師ラグーナの記録によれば、
島津軍が臼杵に攻めて来たとき、宗麟は臼杵城下や周辺住民に臼杵城に避難するように呼びかけます。
場内に集まった多数の領民たちは飢えや寒さに襲われますが、宗麟やその娘たちが、我が身を挺して避難民の救助活動を行ったそうです。
キリシタンであった宗麟をうかがわせるエピソードです。

この城は、関ヶ原の戦いの後、美濃国郡上八幡より稲葉貞通が入封した。以降、明治維新まで、稲葉氏15代の居城となりました。

臼杵中心市街地は、近世城下町の町割と街路が良く残されていて、この母体は、宗麟時代の城下町です。
街路には当時のままに機能している場所もあるので当時の面影を感じることができます。
臼杵城跡で歴史を感じた後に、臼杵城下町を歩くことを観光協会の方に推められました。

大航海時代、リーフデ号が漂着したのがこの臼杵の地で、日本最初の西洋式病院が建てられたのは府内(現大分市)、もし大友氏が勢力を維持していたなら大分も天草のように南蛮文化を発信する都市になっていたのかなぁと思います。
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[ 2014/06/19 07:05 ] 大分 | TB(0) | CM(0)

イソップ物語は天草から

イソップ物語って誰もが知っている物語ですが、この物語が日本へ伝わったのは、天草に伝わった天草版「伊曽保物語」というのが最初です。

天草の河浦には、日本国内唯一の宣教師養成のためのコレジヨ(大神学校)が1590年代に存在していたそうです。
その天草コレジヨに、天正遺欧少年使節が持ち帰ったグーテンベルク式印刷機があり多くの出版物を発行し、そのなかに「伊曽保物語」があり、日本全国に広まっていったのです。

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グーテンベルク式印刷機の複製


この印刷機は、ドイツ人、ヨハン・グーテンベルクがぶどう酒のしぼり機をヒントに発明したそうです。
天草コレジヨへ設置されてから、当時ヨーロッパの出版部数が300~500部といわれていた中で、天草コレジヨでは1,500部以上が印刷されていたといわれています。
しかし禁教による宣教師の国外追放と共にこの印刷機は国外へ搬出されてしまいました。

コレジョでは、「伊曾保物語」の他に、「平家物語」や「羅葡日辞典」(ラポニチ辞典=ラテン語・ポルトガル語・日本語の対訳辞書)などが印刷されたそうです。

都から遠く離れた、熊本中心部からも遠く離れたこの天草の河浦からイソップ物語のような文化が発信されていたというのは驚きです。
当時はどんな暮らしをしていたのだろう?
歴史のロマンを感じます。
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[ 2014/06/18 06:51 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

天草 﨑津教会

天草市河浦町の崎津にある、「崎津教会」です。
この教会は、羊角湾の港に建っていて、昭和9年、フランス人のハルプ神父がほとんど独力で資金を集め完成しました。

﨑津


教会の近くにある神社から上っていくと、「チャペルの鐘展望公園」があります。
ここからは東シナ海や羊角湾が一望でき、海に沈む夕日は特別美しいと評判になっているようです。

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展望台からは穏やかな羊角湾を臨む﨑津の港に建つ天主堂も見えます。

崎津教会は「海の天主堂」とも呼ばれていて、教会が建つ漁港一帯は、日本の渚百選「キリシタンの里 﨑津」、日本のかおり風景100選「河浦 﨑津天主堂と海」、そして、天草市﨑津の漁村景観が「国の重要文化的景観」に選ばれています。

﨑津4


天草に最初にキリスト教が伝えられたのは、イエスズ会宣教師ルイス・デ・アルメイダによって1566年のことでした。
そしてここ河浦では南蛮文化が花ひらき、宣教師養成の神学校コレジオが置かれたのです。
生徒には天正遣欧少年使節の伊東マンショら4人も学んだそうです。
しかし、禁教で南蛮文化は衰退していくのですが、信仰は潜伏キリシタンによって続けられたのです。

この教会は、この地区の旧庄屋の敷地に建てられています。
そこは、明治6年の禁教がとかれるまで、多くの「踏み絵」が行われていた場所なのです。
天主堂の祭壇の場所がその踏み絵が行われていた場所だそうです。  

大江教会を私財を投じて建てたガルニエ神父といい、この崎津教会を独自で資金集めをして建てたハルプ神父といい、当時のフランス人神父は素晴らしい遺産を天草に残してくれたのですね。
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[ 2014/06/17 06:57 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

天草 大江教会

「五足の靴」一行は、富岡から約32kmの道を歩き、ようやく「パーテル」さんの住む大江に到着します。

あこがれの宣教師パーテルさん(フランス人、ルドビコ・F・ガルニエ神父)に会い、キリシタンゆかりの秘蔵、「クルス」を見せてもらいます。
そして「五足の靴」旅の最大の目的を果たし終えるのです。
(「パーテル」pater はラテン語でお父さんのことらしい)

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明治6年のキリスト教解禁と同時に布教が始まり、明治12年に、ここ大江に教会が建設されました。
ただ当時は古材を寄せ集めた粗末な建物だったそうで、「五足の靴」が訪れた時もまだ民家風の建物だったようです。

現在の白い教会は昭和8年、ガルニエ神父が私財を投じて建設しました。

ガルニエ神父は明治18年に来日し、同25年から天草に赴任します。
そしてそれから昭和17年に大江の地で亡くなるまでの50年間天草で生活し、一度も故郷・フランスへ帰ることはなかったそうです。
また、生活は質素倹約を極め、倹約して貯めたお金でこの素晴らしい教会を建設したのです。

大江
拝観は教会のご協力により自由です。内部撮影は禁止。
拝観時間は午前9時~午後5時まで、毎週月曜日が閉館日。


大江教会の敷地内には、ルルドの聖母像とルルドの泉を模した洞窟が再現されています。
ルルドは南フランスにある町でキリスト教の聖地です。
そこに聖母マリアが出現された洞窟、聖なる泉がある場所として知られます。

大江2


教会のある丘の下には、天草キリシタンの歴史を知ることが出来る「天草ロザリオ館」があります。
広い駐車場もあるのでここを見学した後、教会へ上って行くのも良いです。
もちろん、教会のそばにも駐車場はあります。

大江3

5人の若者はこの大江教会で、祖国から遠く離れた日本の地で、ひっそりと信仰を続けている神父の姿に強烈な印象を覚えたのでしょうね。
北原白秋は、この経験が大きく影響されたであろう処女作「邪宗門」を明治43年に発表しています。

文学とキリスト文化に触れ、そしてパーテルさんの残した白亜の教会にぜひ訪れてみてください。
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[ 2014/06/16 06:59 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)
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