自然食レストラン 茅乃舎(かやのや)

先日、福岡市内に在住のご夫婦のお招きで「茅乃舎」を訪問しました。

場所は福岡県粕屋郡久山の町のはずれにあるレストランです。

かやのやかやのや入口

大きな茅葺き屋根です。
これは、オーナーが、

あたたかくて懐かしい茅葺き屋根を次世代に残したい。
日本家屋で土地の食べ物を味わう心地よさをぜひ体験して頂きたい。


という思いから、全国でも名だたる茅葺き屋根師の方々の力を借りて、80tもの茅を使って、建物を建築したそうです。

この茅乃舎を営業する「久原本家」は明治26年の醤油蔵から始まった老舗です。
「久原本家」の社長は、
『消えゆく恐れのある伝統的食材を守りたい、子供たちをはじめお客様に本物の味を提供しながら食育に貢献したいと思いました』

というように、料理に使うのは、土づくりから始めた自家栽培の野菜をはじめ、 夢を同じくする農家の方々とともにつくった素材だそうです。

旬の素材を生かし、調味料を使っていない出汁で味を調えた料理をゆっくり味わう時間。
そこには伝統的な日本の食事風景が流れるように感じます。

食事場所に案内されて驚いたのは、「ウェルカムカード」です。
和紙に自然の草花を使ってフルネームを書いてくれていました。

なまえなまえ2

料理は旬の素材に一品一品、手が込められ、決して豪華ではないけど目を楽しませる日本料理が絶妙のタイミングで運ばれてきます。

今回の「おしながき」はこれ。

おしながき2おしながき

前菜と春野菜と帆立の饅頭です。
饅頭は口当たりといい、味といい、とても美味しくいただきました。
前菜まんじゅう

料理だけでなく、器などにもこだわりがありました。
メインに十穀鍋を頼んだのですが、それに使われる鍋は、「有田焼」
そして、ご飯を炊いた釜も 「有田焼」
これらは、茅乃舎のために焼かれたものだそうです。

なべかやのや_おかま

茅乃舎の出汁は、一部のデパートなどに茅乃舎が出店している店で買うこともできるようです。
また、先日3月20日には東京日本橋に新らしく店がオープンされました。
ここで出汁を買って、福岡にある自然食レストランの味を再現するのもいいかもですね。

当日はあいにくの雨でしたが、近くでは桜が満開でとても良い春の時間を過ごせました。
招待してくださったご夫婦にあらためて感謝です。
ありがとうございます。
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[ 2014/03/31 06:39 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

天草五橋(パールライン)

熊本の西、天草(あまくさ)は大小120の島の集まりです。
北は有明海、東は八代海(不知火海)、西は東シナ海の天草灘に囲まれる島々で、上天草島と下天草島が大きな島となっています。

宇土市三角から天草上島を5つの橋で結んでいるのが天草五橋です。
この道は「日本の道100選」にも選ばれているとても景色のよい道です。
また、別名「天草パールライン」とも呼ばれ、これは天草は真珠の養殖が盛んなこと、そして橋でつないだ島々を真珠に見立ててこう呼ばれています。

天草五橋は、昭和11年、当時熊本県議会議員だった天草出身の森慈秀によって構想が提案されました。
しかし、壮大な構想に周囲の人はそんなことができるわけがないと、冷ややかな反応だったそうです。

それでも彼は、島民の生活のため、動き出します。 島民25万人1人1円献金などを展開し、ついに昭和37年8月から4年の歳月をかけて昭和41年9月21日に開通しました。
事業総額は、31億7,000万円。
償還計画30年の有料区間を設けましたが、橋のおかげで沢山の観光客が訪れたこともあり、なんと約9年で償還が完了したのです。

パールライン
千巌山[せんがんざん]からの眺望


天草五橋というように、橋は1号橋から5号橋まで五つの橋があります。

熊本市内からおよそ1時間で天草への入り口、1号橋に着きます。
この1号橋は5つの橋の中で一番高い位置にあり、大型船でも橋の下を通過できるようになっています。

一号橋
1号橋(天門橋):三角と大矢野島を結びます。

二号橋
2号橋(大矢野橋):大矢野島と永浦島を結び、ベージュ色のアーチが特徴。
ランガートラス形式。

三号橋
3号橋(中の橋):永浦島と大池島を結ぶ。
PCラーメン形式。

四号橋
4号橋(前島橋):大池島と前島を結び、五橋の中で一番の長さ(510m)を誇る。
PCラーメン形式。

五号橋
5号橋(松島橋):前島と天草上島を結ぶ赤い橋。
パイプアーチ形式。


金曜日、天気が良かったので熊本城の桜を撮影した後に天草まで行きました。
本当に天草は風光明媚なところです。
魚も美味しいし、ぜひぜひ多くの方に訪れていただきたいです。
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[ 2014/03/30 07:52 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

熊本城と桜

今日3月28日、花見日和なので熊本城に桜を観に行きました。

今日は平日じゃない?
それは気にしないで(^^ゞ

電車通り花畑町電停から熊本城方面に向かうとまず迎えてくれるのが加藤清正像です。

清正

それから行幸坂へ。
行幸坂は熊本城の二の丸駐車場まで行けますが、この桜並木のトンネルを車で通過するのはもったいないです。

行幸坂


今日の熊本城の桜は満開。
そして天気は快晴。
絶好の花見日和でした。(おいおい会社は?)

お城には桜が似合いますよね。
特に、日本の桜百選に選ばれた熊本城は最高です。

熊本城


熊本城2

熊本城3

熊本城4

どうですか?

言葉はいりませんね。

週末、土曜日は花散らしの雨の予報です。
ハナキンの夜は夜桜見物が多いでしょう。
金曜日の午前中ですでに場所取りのブルーシートが敷かれていました。

ブルーシート

アメリカでは桜を見ながら酒は飲めませんが、熊本の人はこの熊本城の桜で酔い気分になっているんでしょうね(^^)

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[ 2014/03/29 06:00 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

今日は桜の日だそうです

今日、3月27日は、
「3x9=27」で
3・9(さくら)の語呂合わせで、桜の日だそうです。

1992年に公益財団法人 日本さくらの会によって制定されたそうですが、語呂合わせの記念日は日本には多いですよね。
アメリカとかでは語呂合わせで記念日とか作れないです。

ところで、今日の桜の日、偶然にも今から112年前の3月27日に東京からアメリカ ワシントンDCに桜の木が贈られ、ポトマック公園で植樹式が行われました。
今でもポトマック河畔の桜並木は、名所の一つになっていて、毎年3月末から4月のはじめにかけては、盛大に「桜まつり」が開催されています。
美しい桜を見ようと、全米から観光客が訪れ、パレードやその年の「桜の女王」を選ぶイベントも開催されます。

450px-Cherry_Blossoms_Washington_Monument.jpg
ワシントン記念塔と桜


ワシントンの桜祭りでは日本のように花見をしながらお酒は飲めません。
基本的にアメリカでは公共の場所での飲酒は禁止されているんです。

日本でも同じようなことをやったら花見の楽しみも半減ですね。

今週末は全国各地で花見が行われるのでしょうか?
桜開花宣言も日本各地で行われて、今週末は見ごろになるところもありそうですね。

日本さくら名所100選の熊本城の桜も、もう見頃です。
週末の天気が気になりますが、花見見物客で賑うんだろうなぁ。
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[ 2014/03/27 06:56 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

今日3月26日は楽聖忌 ベートーベンの命日

「諸君、拍手したまえ。喜劇は終ったのだ」

そう、今日は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの命日です。

ベートーヴェンは多くの名曲を残していますよね、そして、9つの交響曲も。

第1番 ハ長調 作品21
第2番 ニ長調 作品36
第3番 変ホ長調 作品55『エロイカ』
第4番 変ロ長調 作品60
第5番 ハ短調 作品67(運命)
第6番 ヘ長調 作品68『田園』
第7番 イ長調 作品92
第8番 ヘ長調 作品93
第9番 ニ短調 作品125(合唱付き)

ベートーヴェンの交響曲は第9番までありますが、正式に曲に副題がついているのは「エロイカ」と「田園」です。
「エロイカ」はナポレオンにささげる曲でしたが、ナポレオンが皇帝になったので副題から「ナポレオン」を削除したのは有名な話ですね。

交響曲第5番は「運命」って一般に言われていますが、これはベートーヴェンの死後、彼の弟子だったアントン・シントラーがベートーヴェンから、

「このように運命は扉をたたく」

と、聞いたこいうことに由来してます。
しかし、これはシントラーの作り話で、「運命」ってのはベートーヴェンがつけた副題じゃないんですね。

でもでも、
 「ジャジャジャジャ~ン」 
っていかにも運命の扉を開きそうですよね。

ところで、難聴だったベートーヴェンですが、後年には完全に耳が聴こえなかったという話です。
が、しかし、実は聞こえていたのではないかと言う説もあります。

その説とは、ベートーヴェンは監視されていて、盗聴を防ぐために全ろうの振りをしていたとか。
また、人の声は聞こえないがピアノの音は聴こえていたという説もあります。

最近、世の中を騒がせた「現在のベートーベン」も難聴ということですが、彼の場合は楽譜も書けないのでベートーヴェンも空の上から困った顔をしているでしょうね。

楽聖ベートーヴェンも現代のベートーベンもいろいろな運命があるのですね。
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[ 2014/03/26 06:36 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

広島 宮島の杓子(しゃもじ)

春の甲子園が開催中です。

毎日、球児による熱戦が繰り広げられていますが、各校の応援団も熱がこもっていますよね。

応援といえば笛や太鼓の応援ですが、広島県代表チームの応援団が「しゃもじ」をよく使っています。
しゃもじって広島の宮島の名産なんです。

宮島に行った方は見たことがあると思いますが、この大きなしゃもじが飾られています。
(宮島では杓文字(しゃもじ)のことを杓子と言うそうです)

このしゃもじは、宮島町が伝統工芸である宮島細工を後世に残すとともに、しゃもじ発祥の地である宮島のシンボルとして制作した世界一の大しゃもじで、平成八年十二月の厳島神社、世界遺産登録を機に展示されました。

しゃもじ

長さ 7.7m
最大幅 2.7m
重さ 2.5トン
材質 けやき 樹齢270年
製作期間 2年10ヶ月

すごいですね。
実際にみてみると大きいだけでなく、とても美しい形だなあと感激します。

宮島杓子の由来が、この大杓子の上に掲げられています。

しゃもじ由来

江戸時代の寛政年間(一七八九~一八〇〇)に宮島の「時寺」に誓真という僧がおられ、ある夜、弁財天の夢を見、その手にされた琵琶の美しさを杓子にうつし、それを作ることを島の人に教えたことが始まりといわれています。
その後、技法の巧妙さ、形の優雅さ、更に使い易さで日本全国に宣伝され「宮島杓子」として広まりました。
現在では実用品としてだけでなく、めし取るすくいとることから幸運福運勝運をすくいとる祈願杓子としても縁起の良い物とされています。


今日25日は広島代表、広島新庄高校の試合があります。
春夏を通じて初出場です。
しゃもじパワーで甲子園初勝利をGETしてほしいですね。
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[ 2014/03/25 06:36 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

天草四朗

キリスト教の禁教令が敷かれていた江戸時代初期に起こった「天草・島原の乱」の総大将、天草四朗です。
当時、若干16歳だったそうです。

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「藍の天草村」にある天草四朗像


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「天草四郎メモリアルホール」の敷地内にある天草四朗像



まだキリスト教が禁止される前の島原や天草は、キリシタン大名によって土地は統治されていました。
そのためか、天草においては人口の2/3がキリシタンだったそうです。

(島原はキリシタン大名である有馬晴信の所領)
(天草は同じく小西行長の所領)

ときに1612年、幕府によってキリスト教の禁教令がしかれ、多くの外国人神父がて国外に追放になったのですが、天草にいたママコフ神父が
「25年後、16歳の天童が現れ、パライゾ(天国)が実現するであろう。」
との預言を残し、日本を離れたと伝えられています。

キリスト教が禁教になって以来、天草や島原ではキリスト教に対する弾圧が日増しに厳しくなっていきました。
そしてこの地域の住民はキリシタン弾圧だけでなく、島原では、島原城新築のために過重な年貢の取り立てが行われ領民は苦しんでいました。
また年貢を納められない農民や改宗を拒んだキリシタンに対しは、拷問や処刑が行われていたのです。

有明海を挟んで島原の対岸にある天草も同様、厳しいキリシタン取締りや重税で住民は苦しめられていたのです。

こうやって、島原や天草の領民たちは、信仰の禁止と厳しい年貢の取り立てに追いつめられていきました。

そんな中、キリスト教が禁止されて25年後の1637年、ママコス神父の予言通り、天童・天草四郎が現れたのです。

長崎で起こった、年貢が納められなかった家の妊婦が、寒中の川にさらされ殺される残虐な事件を機に、領民の怒りは爆発。
それを契機に乱の火の粉が上がったのです。
そして、若干16歳の天草四郎を総大将とする総勢4万人弱の一揆軍は、約4ヶ月に渡り壮絶な戦いを島原の原城で繰り広げ、そして敗れ、婦女子を含む全てのものがこの地で亡くなったのです。

この「天草・島原の乱」は弾圧されたキリシタンの反乱(宗教戦争)といわれますが、これは当時の幕府がキリシタンを弾圧するための口実にするために都合がよかったためで、実は、重税に苦しんだ農民たちの「一揆」だったのです。
また一説には、関ヶ原で敗れたキリシタン大名小西氏の家来などが首謀して、天草四朗を担ぎ上げ「島原・天草の乱」を引き起こしたということも考えられるようです。

そんな歴史を知ることができるのが、「天草四郎メモリアルホール」です。
天草・島原の乱の発端や、天草四郎の人柄、南蛮文化などが詳しく展示されています。
当時のキリシタンの思いなどをここで感じてみるのはどうでしょうか?


KIMG0052 (640x480)
メモリアルホール


興味深い土地、天草、そして新鮮な魚介類が美味しい天草、梅肉ポークも美味しい天草、風光明媚な天草、
是非訪れてみてください。
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[ 2014/03/24 07:06 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

オー・シャンゼリゼ♪

♪オー・シャンゼリゼ オー・シャンゼリゼ~♪
この部分しか歌えないですが(^^ゞ
ダニエル・ビダルが歌って日本でヒットした「オー・シャンゼリゼ」です。

この歌を聴いた時、「シャンゼリゼ通り」って花がたくさんあってきれいな通りなんだろうなぁ、なんて想像していましたが実際は違ってました(^^ゞ

シャンゼリゼ凱旋門 (640x480)
凱旋門の上から撮ったシャンゼリゼ通り


すごく大きな通りでびっくり!
花がたくさんあると想像していたのは間違いでした。
観光客でごった返し歩道にはレストランのテーブルが。
そして通りに面してヴィトンの本店や、カルチェ、ベンツの店など高級店が立ち並んでいました。

シャンデリゼ通り (640x480)

ヴィトン本店 (640x480)


ウィキペディアによれば、
「パリ市内で最も美しい通りとされていて、特にフランスでは「世界で最も美しい通り (la plus belle avenue du monde)」と言う表現が使われている」
そうです。

美しいというより「デカい通り」って感じました・・・感性がない(^^ゞ

シャンゼリゼ通りは幅が70mもあるそうです。
マロンの木の並木道となっていて、コンコルド広場から、凱旋門までの約3kmの通りをそう呼ぶそうです。
あまり高級店には興味がないので、ただひたすら時折雨の降る中を歩きました(^^ゞ

コンコルド広場 (640x480)
コンコルド広場

凱旋門 (640x480)
横断歩道から撮りました


ところで、1970年にダニエル・ビダルが歌ってヒットした「オーシャンゼリゼ」ですが、

邦題の「オー・シャンゼリゼ」は、フランス語歌詞の「aux Champs-Élysées」に由来しているそうです。
ずっと長い間「Oh! シャンゼリゼ」って思っていたのですが、実は違うんですね。
フランス語ができたらこんな勘違いはしなかったのになぁ。

「aux Champs-Élysées」の意味は「シャンゼリゼ通りには」、「シャンゼリゼ通りで」となるんだそうで、意味が全然違いますね。

さらに、この歌はフレンチポップス(こういう言い方はあまりよくない?)と思っていたのですが、原曲は1968年にイギリスで発表されたロックでだったそうです。
イギリスの曲にフランス語の歌詞をつけてヒットした曲なんですね。
仲が悪いといわれるフランスとイギリスの合作でヒット。
いいですね(^^)
こういうのもシャンソンなんですね。

フランス人は英語が嫌いってよき聞きますが、やっぱりそうなんだな、って思ったことがあったのだけどそれはまた別の機会に。

♪オ~シャンゼリゼ~ オ~シャンゼリゼ~♪

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[ 2014/03/23 00:30 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

春分の日なのに九州でも大雪

暑さ寒さも彼岸までって言いますが、今日、春分の日は寒かったですね~。

今日この寒い中、別府に行く用事があったので行ってきました。

いつも冬場は積雪のため阿蘇外輪山から阿蘇別府道路、別名「やまなみハイウェイ」を通らず、国道57号線で大分市に出て、そこから別府に行くのですが、最近暖かい日が続いたし、今日は春分の日でもう春だし積雪はないだろうと思ったのが大間違い。

今日の寒さは半端じゃなかったんですね。
昨夜の平地の雨は山沿いでは、こんな状況になっていました。

雪化粧
野焼きも終わった阿蘇外輪山の草原の雪化粧


ここで引き返して冬場に通る道、国道57号に行けばよかったのですが、
 「ま、よかよか」 
という気分で、そのまま「やまなみハイウェイ」へ侵入しました。

熊本県側は雪はあるものの大丈夫でしたが、熊本と大分の県境にある、牧ノ戸峠を越えるあたりから道路状況が怪しくなってきて・・・・

まずは、峠の登り口で、軽自動車がスリップして事故を起こしてました。
ここで引き返せばいいのに

 「ま、よかよか」 

そして、峠の頂点まで無事にたどり着き、下りが・・・

ゆきみち


引き返そうにも引き返せません。
タイヤはノーマルタイヤ。
ギアは2速固定でゆっくりゆっくり下りました。

途中、上り車線で立ち往生する車を横目に。

ノーマルタイヤで走行しましたが、自殺行為ですね。
「ま、よかよか」
は今後は、なしにしようと思います。

九州でも山間部は大雪になるんですよ~。

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[ 2014/03/22 00:10 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

キリシタンの島、天草としめ縄

天草(あまくさ)について

天草を訪れた方は気づいていると思いますが、多くの天草の家では一年中しめ縄を飾っています。
 
普通は、正月三が日が終わり小正月の1月15日くらいに、ドント焼きで正月のしめ縄を燃やします。
しかしここ天草では、1年中しめ縄が飾られているのです。

その理由は?

江戸時代の天草島原の乱によるキリシタン弾圧により、
「うちはキリシタンではありません」
ということを示すためにしめ縄飾りが1年中飾られているんだ。

と、いろんなブログなどでも紹介されています。

なるほど~ と頷きたくなる理由ですが、違うんです。

実は、
しめ縄の役目は元来、家を建てるときの地鎮祭などで行う神事の際に、四方に縄を巻いて作る結界を簡略化したものと言われています。
神社なんかでも神聖な場所では四方に縄を張り結界を作っていますよね。

なので、しめ縄は家の中に悪いものが入ってこないように飾られるものなのです。
しめ縄を飾ることで1年間、家の中を守ってくれているということになります。
この古い風習が天草には今も残っているんです。
だから、キリシタンとは関係ないのです。

しめなわ


でも天草とキリシタンは壮絶な物語があります、が、それはまたの機会にして、美味しいものの情報を。

天草といえば、海の幸。
この時期は、桜鯛や甲いかとかが美味しいです。そして有明海で取れる貝。
先日、天草に行った時に「イカ天丼」と「貝汁定食」をいただきました。
景色はいいし、美味しいものが豊富な天草です。


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網田の甲イカの天丼


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貝汁定食


昔の天草のキリシタンも美味しい魚介類を食べて、マリア様にお祈りをしていたのでしょうね。
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[ 2014/03/21 06:50 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)