錦帯橋と佐々木小次郎

山口県岩国市にある錦帯橋の近くに「佐々木小次郎」の像がありました。

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でもどうしてここに?
“佐々木小次郎が錦帯橋で柳の枝が燕を打つのを見て、「燕返し」の術を得た”
という説からここに像があるようです。

でも、錦帯橋が出来たのは、あの有名な巌流島の戦いから50年以上も経ってからなんですよね(^^;

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美しい錦帯橋です。

1673年、岩国第三代藩主の吉川広嘉が最初に錦帯橋を架けました。

最初の橋は完成した翌年に流出しましたがすぐ再建され、その後1950年9月の台風による洪水で流失するまで276年の間、架替えを繰り返しながら威容を保った橋です。
1950年の流出のあと鉄筋コンクリートで再建という意見もあったそうですが、市民の強い要望で1953年に木造の錦帯橋として再建されました。

佐々木小次郎と錦帯橋の描写は「宮本武蔵」を書いた吉川英治の創作のようです。
佐々木小次郎の像のそばにある碑には、

“祖先以来、岩国の住、姓は佐々木といい、名を小次郎と親からもらい、また 剣名を”巌流”とも呼ぶ人間は、かくいう私であるが・・・”
と、吉川英治の小説「宮本武蔵」の一節が書かれていました。
 
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どうして吉川英治は佐々木小次郎と錦帯橋を結び付けたんでしょう?
もしかしたら、錦帯橋を造ったのが岩国城主の吉川氏であったので、同じ苗字にひかれてここを舞台にしたのか?
天国にいる本人に聞いてみたいです。
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[ 2017/03/29 06:31 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

巌流島

武蔵と小次郎が戦ったという巌流島。
ここ巌流島へは下関の唐戸からと門司港レトロから出ている船で行けます。
およそ10分の航海です。

島にある案内板に下記のように書かれています。

正式名称は、船島です。(下関市大字彦島字船島)
島の面積は埋め立て部分を含めると十万三千平方メートルの広さです。
慶長十七年(一六一二年)四月三十日、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘が行われたことは、あまりにも有名です。「二天記」によると、巳の刻過(午前十時)武蔵が到着。待ちくたびれた小次郎との間で決闘が始まりました。武蔵の木刀は振り下ろされ、頭上を打ちました。小次郎もまた太刀を払いましたが、武蔵の木刀は小次郎の脇腹に振り下され、勝敗は決しました。勝った武蔵も相当慌てていたらしく、とどめをさすのも忘れ、船に飛乗ったということです。負けた小次郎の流派にちなんで、巌流島と呼ばれるようになりました。


どうして敗れた小次郎の流派「巌流」が島の名前になったのでしょう?不思議です。

巌流島5


島には、朽ち果てた「伝馬船」が置いてあります。
宮本武蔵はこんな伝馬船で下関から巌流島に渡ったんでしょうね。

巌流島3


佐々木小次郎を祀る塚がありました。
幕末期までは小次郎の墓があったそうですが、この塚は明治になって立てられたものだそうです。

巌流島4


ただ、どうして戦いに負けた小次郎の流派、「巌流」が島の名前に残っているのでしょう?
勝った武蔵の名前がつけられてもよかったと思うのですが。
謎ですね。
こんな説があります。
実は小次郎は隠れキリシタンであったため成敗されたというのです。そして小次郎の祟り(キリシタンの祟り)を恐れて、船島と呼ばれていた島を、「巌流島」にしたとか。

謎の多い「巌流島の決闘」、歴史のロマンを感じますね。

ちなみに、宮本武蔵は「島原の乱」に参戦し、キリシタン天草四郎の反乱軍と戦い大怪我をしました。
もしかしたら、佐々木小次郎の祟りだったのかも(^^♪。
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[ 2017/03/23 06:52 ] 旅行 | TB(0) | CM(4)

長崎鼻と開聞岳

立春は過ぎたけどまだまだ寒い日が続き昨日から全国的に大寒波。
ところによっては大雪。
熊本も阿蘇は雪化粧で、ところによっては吹雪いています。

そんな今日は、暖かい観光地の話題を。

それが竜宮伝説が残り、そして開聞岳(別名薩摩富士)と東シナ海を見渡せる大パノラマの薩摩半島南端、長崎鼻です。

ここから見る開聞岳の姿は、周囲に障害物がないのでとても美しいです。

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浦島太郎伝説が伝わる場所だそうです。
♪昔々浦島は助けた亀に連れられて♪
日本各地に浦島太郎ゆかりの神社仏閣がありますが、ここにも竜宮神社があります。

浦島太郎の話と似たものに、海幸・山幸神話があるそうです。
山幸彦が、海神の宮(わだつみのみや)に行き、海神(わだつみ)の娘、豊玉姫(とよたまひめ)と結婚し3年間暮らし生まれ故郷に戻り禁を破る話の大筋がそっくりだとか。

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長崎鼻の先端に立つのが、薩摩長崎鼻灯台です。
青い海と青い空に溶け込む白亜の灯台、とてもきれいです。

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長崎鼻から見える開聞岳は、標高924mの山です。
そして開聞岳山麓には、長崎鼻、東シナ海、遠くに佐多岬が一望できる展望所があり、天然記念物のトカラ馬が放牧されています。

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風光明媚な薩摩半島、長崎鼻や開聞岳、暖かそうです。
しかし今日はどうなんだろう?鹿児島も雪でチェーン規制が出ている場所もあるし。
チェーン規制も出ているけど、チェーンを持たずに今日は鹿児島に行きます(笑)
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[ 2017/02/11 06:52 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

柱に刀傷がある部屋に泊まった人吉温泉「芳野旅館」

熊本県の南、人吉温泉には国の登録有形文化財に登録された旅館が2軒あります。
そのうちの一つ「芳野旅館」に泊まってみました。
明治42年創業というから100年の歴史がある老舗旅館で、沢山の文人や要人に愛された旅館です。

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部屋の中には、司馬遼太郎が宿泊した部屋や有名な画家が使用した部屋などがあり、どの部屋も古く趣のあるものです。

そして案内された部屋はなんと刀傷がある部屋。

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昔、政治家の談合で使用されていた部屋だそうです。
刀で切りつけるような激しい話し合いが行なわれたんでしょうね。

壁には実際に使用されていた水車の一部がはめ込まれています。

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穴は、羽板などを取り付けるためのものだったんでしょうね。

料亭として営業を開始したから各部屋に趣向を凝らしています。
中には「両床造りの部屋」があり、身分の上下を作らないように両方に床の間がある部屋もあるようで、有名な画家や作家、相撲取りがよく利用したとか。

ところでこの旅館は風水を取り入れて建てられているそうです。
最初の写真にある玄関を見て何か気付きませんか?

旅館を出て振り返り、玄関の不思議に気付いた人は幸運が舞い込むとか(^^)
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[ 2016/12/02 06:42 ] 旅行 | TB(0) | CM(11)

雲仙観光ホテルに泊まりました

長崎県雲仙温泉のクラシックホテル「雲仙観光ホテル」に泊まりました。

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カイヅカイブキの並木道を通り抜けると翌昭和10年、外国人客を迎えるために開業した雲仙観光ホテルに到着です。

玄関を入ると開業当時の面影を残すシックで落ち着いた雰囲気のロビーが迎えてくれます。

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ホテル館内は大海原を航海する客船をイメージした設計でそれを象徴するのがドンと存在感を表すロビー中央にある大きな階段です。

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エレベーターがないので宿泊客はこの階段を利用して客室に向かいます。
過去どれだけの宿泊客がこの階段を利用し、雲仙観光ホテルの滞在を楽しんだんだろうなぁと思いながら僕も客室に向かいました。

真っ直ぐの廊下の両側に客室があります。

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宿泊したのは319号室。

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磨かれた真鍮のドアノッカーがクラシックホテルを感じさせます。
さらにその雰囲気を醸し出しているのだ、ドアノブと鍵。

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このドアを開けた室内はどんな風なんだろうと期待が膨らみます。

利用した部屋はデラックスダブル。

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真っ白なリネンをまとったベッドの背後にある壁紙がとても印象j的で、これは19世紀に活躍した英国のデザイナー、ウィリアム・モリスがデザインしたものです。

室内には歴史を感じるテーブルと椅子が置かれています。

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椅子は創業当時から受け継がれているもので「良きものは維持し守り続けること」というホテルのポリシーが伝わってきます。
座り心地はとてもよく、山側の部屋なので眺望はないですが、室内の雰囲気そしてこの椅子のおかげでと窓の外から聞こえる鳥の声を耳に部屋でのんびりと過ごしたくなります。

浴室は猫足のバスタブが。

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これは新しく導入したものですが、ノスタルジックな部屋を演出する脇役になっています。

創業当時と変わらない建物の佇まいの中で、古いものと新しいものが融合し、でも決して創業当時の姿を崩さないクラシックホテルです。
このホテルが完成した昭和初期は今のように気ぜわしくなくスローな時間が流れていたことが想像できます。ホテルに滞在すると当時の空気を感じながらゆったりとした時を過ごすことができます。

料理もとても美味しかった、それは明日の記事で。
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[ 2016/11/01 06:43 ] 旅行 | TB(0) | CM(6)