Big Bobbyの日記

こんにちは、Big Bobby です。

なぜ、Big Bobbyか?

愛猫(2017年4月14日没)の名前がBobbyで、どうもこのBobbyに似ているらしい。
近所の方からもそういわれます。

そのため「BBさん」と呼ばれています。

そんなBig Bobbyの食べ物や、旅行など、いろいろを綴っていきます。

「たびねす」という旅行サイトに「肥後球磨門」のペンネームで旅行記事を投稿しています。
よろしかったら訪問してみてください。
肥後球磨門(たびねす)

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[ 2037/01/01 17:27 ] 未分類 | TB(0) | CM(44)

キリシタン大名「大友宗麟」が築いた臼杵城下町

昨日記事にした「臼杵石仏」がある大分県臼杵市は戦国時代キリシタン大名の「大友宗麟」が開いた城下町です。

でも市内にはそれを感じさせる施設は残っていません。

そんななか、「久家の大蔵」という蔵にはポルトガルと臼杵の交流を表したアズレージョの壁画が装飾されています。

臼杵
久家の大蔵

タイルはアズレージョの本場ポルトガルで作成されたものです。

蔵は江戸時代末期に棟上げされた蔵で、造り酒屋の『久家本店』が 貯蔵庫として使用していた酒蔵だそうです。  

この酒屋がある周辺が城下町で、当時の町割りを偲ばせる商店街ができあがっています。
商店街には江戸時代初期から400年の歴史を持つ味噌醤油屋さんもあります。

臼杵2
八町大路
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商店街からちょっと歩いたところにあるのが「二王座の歴史の道」です。
二王座は、武家屋敷が立ち並び、多くの寺が集まっている地域で、江戸時代の面影を今も感じることが出来ます。

臼杵4

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1556年、大友宗麟が臼杵に築城して多くのキリシタンが臼杵に移住し、臼杵の町の基礎はキリシタンによって整備されました。
そして日本で一番美しいといわれた聖堂や修道士が勉強する場所もあり、日本での布教方針を決める重要な会議もここ臼杵で行われていたそうです。
まさに臼杵は日本におけるキリスト教文化の中心都市だったんでしょうね。でも、その面影は町を歩いても見ることはできません。

大友家が滅び、そしてその後のキリシタン弾圧が全てのキリスト関連施設を破壊したんでしょうね。
大友宗麟が神社仏閣を破壊したように(一説では宗麟の息子「義統」が行ったとも)。

今もそうだけど、宗教がらみでの破壊が多いのはどうにかならないのでしょうかね。
POI
[ 2017/05/25 06:40 ] 大分 | TB(0) | CM(0)

国宝 臼杵石仏

昨日の記事で「大分に乾杯」したので、今日はその大分県の記事。
臼杵市にある国宝「臼杵石仏」の紹介です。

総数60数体、すごい数の石仏が山の中腹に鎮座しています。

そのなかで臼杵石仏を代表するのが大日如来。

臼杵石仏3
中央の一番大きな石仏が大日如来

平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫刻されたといわれる国を代表する石仏群で、1995年、磨崖仏では全国初の国宝に指定されました。

その国宝に指定される条件がありました。

それはこの大日如来に関するものです。
実は大日如来の仏頭は長年、仏体から離れて地面に置かれていました。

臼杵石仏2
仏頭は、仏体下の台座に置かれていました。

この状態が臼杵のシンボルとして長年親しまれていました。1980年から始まった大規模修復のときにこのままにするか頭をつなぐか激論が交わされたそうですが、最終的にこの仏頭を仏体につなぐことが国宝指定の条件になったため復元されたのです。

個人的には、はやり以前の仏頭が下にあるほうがよかったなぁと思います。

ちなみにここにお参りすれば、
仏頭が再び体とつながったということで、会社でリストラされない(首がつながる)という俗説が生まれているそうです(^^)

そのほか石仏群には、千年の時を超えていまなおその色彩を届けてくれる地蔵十王像などもあります。

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すごいでしょう。
これから梅雨時、湿気があるとますますきれいな色彩が浮かび上がります。

臼杵石仏は、誰が何の目的に、そしていつ作ったか分からない謎に包まれた石仏です。
ここを訪れて千年以上前の空気に触れてみては?
POI
[ 2017/05/24 07:03 ] 大分 | TB(0) | CM(2)